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異端者、無魂の原木を顕現させる

朝。


目が覚めて、まず最初に僕は自分の手を見た。


手の甲に――紋章。


薄い光が、脈みたいに流れている。


「……え」


クレアが覗き込む。


「アル様、それ……増えてませんか? スキル」


カイルが嫌な顔をした。


「やめろ。増えるな。世界が追いつかない」


僕は息を吸って、頭の中で“名称”を拾う。


ホムンクルス(空)。


その次。


虚実樹きょじつじゅ


言った瞬間、クレアがぱっと笑った。


「木! 可愛い名前ですね!」


クレアはもう一度その文字を口の中で転がしてから、ぱん、と手を叩いた。


「じゃあ……ホムの樹、ですね!」


「ホムの樹?」


「はい! だって、ここからホムが出てくるんですよね? ホムが生える木……ホムの樹!」


カイルが嫌そうに目を細めた。


「可愛い寄りのネーミングで誤魔化すな。余計に怖い」


「誤魔化してません! 呼びやすいだけです!」


「可愛いで済ませるな」


カイルが即座にツッコミを入れる。



虚実樹。


――装置。


僕の理解は、まずそこだった。


僕が昨日まで使っていたのは、手のひらから直接“生成”するタイプ。


だから、僕の体が止まる。


頭が回らなくなる。


息が浅くなって、腕が重くなる。


クールダウンが明けるたびに「今ならできる」という感覚が来て、同時に「今やったら今日の工程が死ぬ」という恐怖が来る。


それが、虚実樹は違う。


たぶん。


いや、たぶんじゃない。


少なくとも“仕組み”としては、僕が直接作らなくていい。


現状、一つしか“生産”できない。


上限がある。


ここは安心材料だ。


無限に生えるなら、それはもう――。


僕は、教会の講壇に吊るされる絵面を想像して、やめた。


けれど。


置けば、一定期間ごとに勝手にホムンクルス(空)を生み出す。


つまり。


“生成”が、僕の作業工程から外れる。


僕の手番じゃなくなる。


これは、世界観的に危険な一歩でもある。


でも、実務的には――救いだ。


「夜の間に、ホムが生える」


カイルが真顔で言った。


「言い方」


「癖です」


クレアが頷く。


「ホム、育つんですね!」


「育つな」


僕は苦笑して、紋章に意識を集中した。


“植える”。


発想がもう、嫌な方向に自然で。


だからこそ、扱いは間違えられない。


クレアが、僕の手の甲の紋章をじっと見てから、ぽつりと言った。


「アル様……スキルって、使えば使うほど“馴染む”って聞いたことがあります」


「馴染む?」


「はい。最初は“与えられた形”のままなんですけど……」


クレアは、自分の指先をくるくる回して言葉を探す。


「何度も使ううちに、持ち主の体とか、考え方とか……困ってることに、少しずつ合わせて、出来ることが増えるって」


カイルが眉をひそめた。


「そんな便利な話、普通に流通してるのか?」


「えっと……“一般的には”って言い方でした。冒険者さんとか、そういう人たちの間で」


「一般的に、で済ませるな……」


僕は、昨日の自分を思い出す。


クールダウンが明けるたびに、生成したくなる。


でも生成すると、他の工程が止まる。


工程が止まると、死ぬ。


僕が一番欲しかったのは、力じゃない。


“手が増える”ことでもない。


“僕が動ける時間”だった。


「……じゃあ」


僕は自分の手を見ながら言った。


「僕が、生成のタイミング管理を課題にしてたから――その方向に、スキルが寄った?」


クレアは、嬉しそうに頷いた。


「はい! だから虚実樹なんです。アル様が困ってたところに、ちゃんと……」


「寄り添うな。寄り添い方がホラーなんだよ」


カイルが即座にツッコむ。


でも。


寄り添う。


その言い方は、妙にしっくり来た。


僕の手番を奪って、工程に組み込まれる“生成”。


それは確かに。


僕の困りごとに、合わせてきた進化だ。


“植える”。


地面に。


ぬるり、と。


赤黒い根のようなものが、石の間から伸びる。


枝はない。


葉もない。


でも、確かに。


そこに“樹”がある感覚だけが残った。


「……これが虚実樹」


カイルが距離を取る。


「近い近い。近づくな」


「大丈夫です。たぶん」


「その『たぶん』をやめろ」



検証。


やることは二つ。


1. どれくらいの周期でホムが出るか

2. 出てきたホムに命令が通るか


僕は虚実樹の横に、簡易の作業スペースを作った。


クレアが小石で印を付ける。


「ここがホムの樹さんの場所ですね!」


「さん付けするな」


「ガーちゃんもちゃん付けですし」


「論理が飛躍してる」


カイルが頭を抱えた。



昼。


僕は畑と燻し箱の間を見て、昨日の“詰まり”を思い出す。


ホムを出す。


体力が抜ける。


そのせいで棚が作れない。


薪が拾えない。


水が運べない。


「生成が強いほど、他の工程が止まる」


昨日の反省は、まだ鮮度が高い。


だから。


虚実樹の価値は、ここだ。


僕が直接作らなくていい。


クールダウンのたびに“出したい”衝動と戦わなくていい。


「……助かる」


僕が呟くと、カイルが眉を上げた。


「今のは分かる」



夕方。


虚実樹の根元が、ふっと脈打った。


ぬるり。


吐き出されるように。


ホムンクルス(空)が一体、転がり出た。


サイズは、スイカくらい。


いや。


少し大きい。


「出た……」


クレアが拍手しそうになって、やめた。


「わぁ……!」


カイルが即座に言う。


「褒めるな。慣れるな。怖い」


僕はホムを見下ろし、短く命令を出した。


「運べ」


ホムが、動く。


ぎこちない。


でも、確実に。


畑の端に置いた収穫物の籠へ近づき、持ち上げて、燻し箱の前まで運んだ。


「……命令、通る」


僕は頷いた。


「次」


僕は指で地面を指し、命令を繋ぐ。


「運べ。置け。戻れ。――虚実樹の横で待て」


ホムは一瞬止まって、すぐに動いた。


運ぶ。


置く。


戻る。


待つ。


「簡単な動作はできるんですね……」


クレアが目を輝かせる。


「アル様、ついに作業が自動になりました!」


「言うな」


カイルが反射で止める。


そして、ため息。


「……いや、言っていい。どう見ても自動だ。これ教会関係者が見たら卒倒するだろ」



谷の入口。


ガーちゃん――ガーネットが今日も座っている。


僕は端切れを投げた。


ガーネットは鼻を鳴らして飲み込み、また外を睨む。


番竜。


そして。


虚実樹。


拠点が、夜も回る。


僕は帳面を開いて、今日の結論を書いた。


---


朝起きたら、ホムが生えている。


世界が、また一段だけ僕に追いつけなくなった。


---


## ホムノート(メモ)


- 新アビリティ:虚実樹(現状1つまで)。設置型で、一定周期ごとにホムンクルス(空)を自動生成する。

- 虚実樹産のホムにも命令が通る(運搬・設置・帰還・待機などの簡易行動)。命令の連結=簡易プログラミングが可能。

- 効果:クールダウン明けに生成ばかりして他作業が止まる問題を緩和。物流ライン(畑→燻し箱→貯蔵)を安定化できる。

- 注意:虚実樹は1つのため、出力は上限あり。生成周期と在庫(腐敗)を合わせて運用が必要。

- ガーネット(ガーちゃん):入口見張りは継続。給餌は日課。

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