異端者、無魂の原木を顕現させる
朝。
目が覚めて、まず最初に僕は自分の手を見た。
手の甲に――紋章。
薄い光が、脈みたいに流れている。
「……え」
クレアが覗き込む。
「アル様、それ……増えてませんか? スキル」
カイルが嫌な顔をした。
「やめろ。増えるな。世界が追いつかない」
僕は息を吸って、頭の中で“名称”を拾う。
ホムンクルス(空)。
その次。
「虚実樹」
言った瞬間、クレアがぱっと笑った。
「木! 可愛い名前ですね!」
クレアはもう一度その文字を口の中で転がしてから、ぱん、と手を叩いた。
「じゃあ……ホムの樹、ですね!」
「ホムの樹?」
「はい! だって、ここからホムが出てくるんですよね? ホムが生える木……ホムの樹!」
カイルが嫌そうに目を細めた。
「可愛い寄りのネーミングで誤魔化すな。余計に怖い」
「誤魔化してません! 呼びやすいだけです!」
「可愛いで済ませるな」
カイルが即座にツッコミを入れる。
◇
虚実樹。
――装置。
僕の理解は、まずそこだった。
僕が昨日まで使っていたのは、手のひらから直接“生成”するタイプ。
だから、僕の体が止まる。
頭が回らなくなる。
息が浅くなって、腕が重くなる。
クールダウンが明けるたびに「今ならできる」という感覚が来て、同時に「今やったら今日の工程が死ぬ」という恐怖が来る。
それが、虚実樹は違う。
たぶん。
いや、たぶんじゃない。
少なくとも“仕組み”としては、僕が直接作らなくていい。
現状、一つしか“生産”できない。
上限がある。
ここは安心材料だ。
無限に生えるなら、それはもう――。
僕は、教会の講壇に吊るされる絵面を想像して、やめた。
けれど。
置けば、一定期間ごとに勝手にホムンクルス(空)を生み出す。
つまり。
“生成”が、僕の作業工程から外れる。
僕の手番じゃなくなる。
これは、世界観的に危険な一歩でもある。
でも、実務的には――救いだ。
「夜の間に、ホムが生える」
カイルが真顔で言った。
「言い方」
「癖です」
クレアが頷く。
「ホム、育つんですね!」
「育つな」
僕は苦笑して、紋章に意識を集中した。
“植える”。
発想がもう、嫌な方向に自然で。
だからこそ、扱いは間違えられない。
クレアが、僕の手の甲の紋章をじっと見てから、ぽつりと言った。
「アル様……スキルって、使えば使うほど“馴染む”って聞いたことがあります」
「馴染む?」
「はい。最初は“与えられた形”のままなんですけど……」
クレアは、自分の指先をくるくる回して言葉を探す。
「何度も使ううちに、持ち主の体とか、考え方とか……困ってることに、少しずつ合わせて、出来ることが増えるって」
カイルが眉をひそめた。
「そんな便利な話、普通に流通してるのか?」
「えっと……“一般的には”って言い方でした。冒険者さんとか、そういう人たちの間で」
「一般的に、で済ませるな……」
僕は、昨日の自分を思い出す。
クールダウンが明けるたびに、生成したくなる。
でも生成すると、他の工程が止まる。
工程が止まると、死ぬ。
僕が一番欲しかったのは、力じゃない。
“手が増える”ことでもない。
“僕が動ける時間”だった。
「……じゃあ」
僕は自分の手を見ながら言った。
「僕が、生成のタイミング管理を課題にしてたから――その方向に、スキルが寄った?」
クレアは、嬉しそうに頷いた。
「はい! だから虚実樹なんです。アル様が困ってたところに、ちゃんと……」
「寄り添うな。寄り添い方がホラーなんだよ」
カイルが即座にツッコむ。
でも。
寄り添う。
その言い方は、妙にしっくり来た。
僕の手番を奪って、工程に組み込まれる“生成”。
それは確かに。
僕の困りごとに、合わせてきた進化だ。
“植える”。
地面に。
ぬるり、と。
赤黒い根のようなものが、石の間から伸びる。
枝はない。
葉もない。
でも、確かに。
そこに“樹”がある感覚だけが残った。
「……これが虚実樹」
カイルが距離を取る。
「近い近い。近づくな」
「大丈夫です。たぶん」
「その『たぶん』をやめろ」
◇
検証。
やることは二つ。
1. どれくらいの周期でホムが出るか
2. 出てきたホムに命令が通るか
僕は虚実樹の横に、簡易の作業スペースを作った。
クレアが小石で印を付ける。
「ここがホムの樹さんの場所ですね!」
「さん付けするな」
「ガーちゃんもちゃん付けですし」
「論理が飛躍してる」
カイルが頭を抱えた。
◇
昼。
僕は畑と燻し箱の間を見て、昨日の“詰まり”を思い出す。
ホムを出す。
体力が抜ける。
そのせいで棚が作れない。
薪が拾えない。
水が運べない。
「生成が強いほど、他の工程が止まる」
昨日の反省は、まだ鮮度が高い。
だから。
虚実樹の価値は、ここだ。
僕が直接作らなくていい。
クールダウンのたびに“出したい”衝動と戦わなくていい。
「……助かる」
僕が呟くと、カイルが眉を上げた。
「今のは分かる」
◇
夕方。
虚実樹の根元が、ふっと脈打った。
ぬるり。
吐き出されるように。
ホムンクルス(空)が一体、転がり出た。
サイズは、スイカくらい。
いや。
少し大きい。
「出た……」
クレアが拍手しそうになって、やめた。
「わぁ……!」
カイルが即座に言う。
「褒めるな。慣れるな。怖い」
僕はホムを見下ろし、短く命令を出した。
「運べ」
ホムが、動く。
ぎこちない。
でも、確実に。
畑の端に置いた収穫物の籠へ近づき、持ち上げて、燻し箱の前まで運んだ。
「……命令、通る」
僕は頷いた。
「次」
僕は指で地面を指し、命令を繋ぐ。
「運べ。置け。戻れ。――虚実樹の横で待て」
ホムは一瞬止まって、すぐに動いた。
運ぶ。
置く。
戻る。
待つ。
「簡単な動作はできるんですね……」
クレアが目を輝かせる。
「アル様、ついに作業が自動になりました!」
「言うな」
カイルが反射で止める。
そして、ため息。
「……いや、言っていい。どう見ても自動だ。これ教会関係者が見たら卒倒するだろ」
◇
谷の入口。
ガーちゃん――ガーネットが今日も座っている。
僕は端切れを投げた。
ガーネットは鼻を鳴らして飲み込み、また外を睨む。
番竜。
そして。
虚実樹。
拠点が、夜も回る。
僕は帳面を開いて、今日の結論を書いた。
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朝起きたら、ホムが生えている。
世界が、また一段だけ僕に追いつけなくなった。
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## ホムノート(メモ)
- 新アビリティ:虚実樹(現状1つまで)。設置型で、一定周期ごとにホムンクルス(空)を自動生成する。
- 虚実樹産のホムにも命令が通る(運搬・設置・帰還・待機などの簡易行動)。命令の連結=簡易プログラミングが可能。
- 効果:クールダウン明けに生成ばかりして他作業が止まる問題を緩和。物流ライン(畑→燻し箱→貯蔵)を安定化できる。
- 注意:虚実樹は1つのため、出力は上限あり。生成周期と在庫(腐敗)を合わせて運用が必要。
- ガーネット(ガーちゃん):入口見張りは継続。給餌は日課。




