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異端者、力を蓄える

朝。


畑の芽は、もう「芽」じゃない。


葉が立ち、根が太る。


つまり。


「備蓄フェーズです」


僕が言うと、カイルが渋い顔をした。


「……お前の口からフェーズって言葉が出るたび、胃が痛い」


クレアが頷く。


「でも正しいです、アル様!」


正しい。


そして、厄介だ。


収穫は出た。


だが、出た瞬間に次の問題が湧く。


保存。


配給。


動線。


腐らせたら死ぬ。



「燻し箱、もう一つ作ろう」


僕が言うと、カイルが即座に反応した。


「増やすなら、換気口も最初から作れ。前のは煙が籠った」


危険指摘。


ぼやき。


代案。


最近のカイルは、空気を悪くしない。


助かる。


クレアはもう石を運び始めている。


「はい! 棚も作りますね!」


棚。


そう。


肉を吊るす場所がないと、燻しは詰まる。


工程が詰まる。


つまり死ぬ。


僕は息を吸って、手のひらを見る。


――クールダウンが、終わった。


体が分かる。


今なら、出せる。


肉ホム。


耕作ホム。


端切れ。


出せる。


出せるのに。


「……出したい」


小さく呟くと、カイルがぎょっとした。


「今、何て言った」


「ホムを出したい」


「やめろ。怖い」


怖い。


でも、僕の中ではもっと実務的な恐怖が立ち上がっていた。


ホムを出すと、体力が抜ける。


その後しばらく、頭が回らない。


つまり。


ホムを出した直後は、作業ができない。


薪を拾えない。


水を運べない。


畝を見れない。


燻し箱も作れない。


「……クールダウンが終わるたびにホムを作ってたら、他の工程が止まる」


僕が言うと、クレアが首を傾げた。


「でも、ホムがないと工程も回りませんよね?」


「そう。だから困る」


カイルが腕を組む。


「要するに。


作るタイミングを決めろ、って話だな」


「はい」


言い切ると、カイルが少しだけ安心した顔をした。


「……まともな悩みだ」



僕は帳面を開いた。


“生成は万能じゃない。生成のせいで他作業が止まる。優先順位が必要”


そして、今日のルールを決める。


1. 朝は保存設備(燻し箱/棚)を優先

2. 昼に水と薪

3. 夕方にホム生成(必要分のみ)


「……工程表があると落ち着く」


僕が言うと、クレアが元気よく頷いた。


「さすがアル様! 落ち着きました!」


「落ち着くのは僕だけでいい」


カイルがツッコむ。



谷の入口。


ガーちゃん――ガーネットが、いつもの石の上に座っていた。


赤銅色の鱗は夕方の光を受けて鈍く艶を返し、傷跡のあったあたりも、もう「痕」程度にしか見えない。


相変わらず目だけは、妙に愛嬌がある。


僕が近づくと、ガーネットは喉の奥で低く鳴いた。


威嚇じゃない。


挨拶、みたいなやつだ。


「今日も見回り、ありがとう」


僕は言いながら、端切れを一つ取り出した。


投げる前に、念のため手のひらで匂いを嗅ぐ。


煙の匂いがきちんと乗っている。


ガーネットは鼻先をこちらに寄せ、ふん、と息を吐いた。


……合格、らしい。


僕は端切れを投げた。


ガーネットは前足の爪で器用に押さえ、ひょいと口に運ぶ。


噛むというより、飲み込む。


それでも尻尾が少しだけ揺れるから、気に入っているのは分かる。


「食いすぎるんじゃないぞ。ちゃんと俺たちの分を残せよ」


カイルが言うと、ガーネットは一瞬だけ視線を向けた。


見下ろされている。


カイルが静かに一歩退いた。


「……いや、やっぱいい。今のは無し」


クレアは屈託なく手を振った。


「ガーちゃん、おつかれさまです! 今日もかっこいいです!」


ガーネットはクレアの方に顔を向け、まばたきを一つ。


それから、また谷の外を睨む。


「……ちゃんと役割分担してるみたいに見える」


僕がぽつりと言うと、カイルがぼやいた。


「番竜って、こんなに手が掛からないものなのか」


「餌をやれば落ち着くので」


「言い方」


「癖です」


僕は、もう一つ端切れを持ち上げて見せる。


ガーネットの瞳が、ほんの少しだけ丸くなった。


……分かりやすい。


「これは、今夜の分を確保できたら」


条件を付けると、ガーネットは不満そうに鼻を鳴らし――それでも、視線を外に戻した。


守る。


待つ。


そういう契約。


僕は勝手に、そう解釈した。


「ガーちゃん、えらいです!」


クレアが改めて言う。


ガーネットは尻尾の先を一度だけ揺らした。



昼。


耕作ホムが畑を往復し、一定時間で燻し箱に入っていく。


自分で。


回収工程まで、勝手に回る。


「……これ、便利すぎないか」


カイルが呟く。


「便利って言うな」


「言い方が嫌だが、便利だ」


僕は燻し箱の中で丸くなったホムを見て、内心で頷いた。


“耕す→戻る→燻す”。


腐敗リスクが減る。


動線も短い。


でも、その分。


燻し箱はすぐ満杯になる。


だから、増設。


棚。


換気。


結局。


工程は増える。



夕方。


燻した肉を取り出し、今日の分を三つに分ける。


1. 今夜食べる

2. 明日食べる

3. ガーちゃんの分


「……ちゃんと『明日』がある」


クレアが小さく言った。


僕は少しだけ黙ってから、頷いた。


「うん。ある」


カイルが焚き火の前で座り込み、息を吐く。


「備蓄ができると、次は欲が出る。


……いや、出していい。


出さないと死ぬ」


珍しく、カイルが前向きなことを言った。


僕は笑ってしまいそうになって、咳払いする。


「明日は、燻し箱の棚をもう一段」


「増やすな」


「増やします」


カイルが頭を抱えた。


「……言い方がもう無理だ」


でも。


備蓄は、確かに増えている。


そして同時に。


時間は足りない。


――それが、今日の結論だ。


## ホムノート(メモ)


- 備蓄フェーズ:収穫が出たら、次は保存と配給の工程が主役。

- 燻し箱は増設が必要(棚・換気・動線を改善しないと詰まる=死)。

- 生成の制約:クールダウン明けに連続生成すると、体力が抜けて他作業(薪・水・整備)が止まる。

- 対策:生成タイミングを工程表で管理(設備→水薪→生成)。

- 耕作ホムは“回収(燻し箱へ帰還)”まで含めて運用すると腐敗リスクが減る。

- ガーネット(ガーちゃん):入口見張りは常態化。給餌は日課。

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