異端者、力を蓄える
朝。
畑の芽は、もう「芽」じゃない。
葉が立ち、根が太る。
つまり。
「備蓄フェーズです」
僕が言うと、カイルが渋い顔をした。
「……お前の口からフェーズって言葉が出るたび、胃が痛い」
クレアが頷く。
「でも正しいです、アル様!」
正しい。
そして、厄介だ。
収穫は出た。
だが、出た瞬間に次の問題が湧く。
保存。
配給。
動線。
腐らせたら死ぬ。
◇
「燻し箱、もう一つ作ろう」
僕が言うと、カイルが即座に反応した。
「増やすなら、換気口も最初から作れ。前のは煙が籠った」
危険指摘。
ぼやき。
代案。
最近のカイルは、空気を悪くしない。
助かる。
クレアはもう石を運び始めている。
「はい! 棚も作りますね!」
棚。
そう。
肉を吊るす場所がないと、燻しは詰まる。
工程が詰まる。
つまり死ぬ。
僕は息を吸って、手のひらを見る。
――クールダウンが、終わった。
体が分かる。
今なら、出せる。
肉ホム。
耕作ホム。
端切れ。
出せる。
出せるのに。
「……出したい」
小さく呟くと、カイルがぎょっとした。
「今、何て言った」
「ホムを出したい」
「やめろ。怖い」
怖い。
でも、僕の中ではもっと実務的な恐怖が立ち上がっていた。
ホムを出すと、体力が抜ける。
その後しばらく、頭が回らない。
つまり。
ホムを出した直後は、作業ができない。
薪を拾えない。
水を運べない。
畝を見れない。
燻し箱も作れない。
「……クールダウンが終わるたびにホムを作ってたら、他の工程が止まる」
僕が言うと、クレアが首を傾げた。
「でも、ホムがないと工程も回りませんよね?」
「そう。だから困る」
カイルが腕を組む。
「要するに。
作るタイミングを決めろ、って話だな」
「はい」
言い切ると、カイルが少しだけ安心した顔をした。
「……まともな悩みだ」
◇
僕は帳面を開いた。
“生成は万能じゃない。生成のせいで他作業が止まる。優先順位が必要”
そして、今日のルールを決める。
1. 朝は保存設備(燻し箱/棚)を優先
2. 昼に水と薪
3. 夕方にホム生成(必要分のみ)
「……工程表があると落ち着く」
僕が言うと、クレアが元気よく頷いた。
「さすがアル様! 落ち着きました!」
「落ち着くのは僕だけでいい」
カイルがツッコむ。
◇
谷の入口。
ガーちゃん――ガーネットが、いつもの石の上に座っていた。
赤銅色の鱗は夕方の光を受けて鈍く艶を返し、傷跡のあったあたりも、もう「痕」程度にしか見えない。
相変わらず目だけは、妙に愛嬌がある。
僕が近づくと、ガーネットは喉の奥で低く鳴いた。
威嚇じゃない。
挨拶、みたいなやつだ。
「今日も見回り、ありがとう」
僕は言いながら、端切れを一つ取り出した。
投げる前に、念のため手のひらで匂いを嗅ぐ。
煙の匂いがきちんと乗っている。
ガーネットは鼻先をこちらに寄せ、ふん、と息を吐いた。
……合格、らしい。
僕は端切れを投げた。
ガーネットは前足の爪で器用に押さえ、ひょいと口に運ぶ。
噛むというより、飲み込む。
それでも尻尾が少しだけ揺れるから、気に入っているのは分かる。
「食いすぎるんじゃないぞ。ちゃんと俺たちの分を残せよ」
カイルが言うと、ガーネットは一瞬だけ視線を向けた。
見下ろされている。
カイルが静かに一歩退いた。
「……いや、やっぱいい。今のは無し」
クレアは屈託なく手を振った。
「ガーちゃん、おつかれさまです! 今日もかっこいいです!」
ガーネットはクレアの方に顔を向け、まばたきを一つ。
それから、また谷の外を睨む。
「……ちゃんと役割分担してるみたいに見える」
僕がぽつりと言うと、カイルがぼやいた。
「番竜って、こんなに手が掛からないものなのか」
「餌をやれば落ち着くので」
「言い方」
「癖です」
僕は、もう一つ端切れを持ち上げて見せる。
ガーネットの瞳が、ほんの少しだけ丸くなった。
……分かりやすい。
「これは、今夜の分を確保できたら」
条件を付けると、ガーネットは不満そうに鼻を鳴らし――それでも、視線を外に戻した。
守る。
待つ。
そういう契約。
僕は勝手に、そう解釈した。
「ガーちゃん、えらいです!」
クレアが改めて言う。
ガーネットは尻尾の先を一度だけ揺らした。
◇
昼。
耕作ホムが畑を往復し、一定時間で燻し箱に入っていく。
自分で。
回収工程まで、勝手に回る。
「……これ、便利すぎないか」
カイルが呟く。
「便利って言うな」
「言い方が嫌だが、便利だ」
僕は燻し箱の中で丸くなったホムを見て、内心で頷いた。
“耕す→戻る→燻す”。
腐敗リスクが減る。
動線も短い。
でも、その分。
燻し箱はすぐ満杯になる。
だから、増設。
棚。
換気。
結局。
工程は増える。
◇
夕方。
燻した肉を取り出し、今日の分を三つに分ける。
1. 今夜食べる
2. 明日食べる
3. ガーちゃんの分
「……ちゃんと『明日』がある」
クレアが小さく言った。
僕は少しだけ黙ってから、頷いた。
「うん。ある」
カイルが焚き火の前で座り込み、息を吐く。
「備蓄ができると、次は欲が出る。
……いや、出していい。
出さないと死ぬ」
珍しく、カイルが前向きなことを言った。
僕は笑ってしまいそうになって、咳払いする。
「明日は、燻し箱の棚をもう一段」
「増やすな」
「増やします」
カイルが頭を抱えた。
「……言い方がもう無理だ」
でも。
備蓄は、確かに増えている。
そして同時に。
時間は足りない。
――それが、今日の結論だ。
## ホムノート(メモ)
- 備蓄フェーズ:収穫が出たら、次は保存と配給の工程が主役。
- 燻し箱は増設が必要(棚・換気・動線を改善しないと詰まる=死)。
- 生成の制約:クールダウン明けに連続生成すると、体力が抜けて他作業(薪・水・整備)が止まる。
- 対策:生成タイミングを工程表で管理(設備→水薪→生成)。
- 耕作ホムは“回収(燻し箱へ帰還)”まで含めて運用すると腐敗リスクが減る。
- ガーネット(ガーちゃん):入口見張りは常態化。給餌は日課。




