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異端者、命の水を創る

朝。


焚き火の灰の匂いより先に、喉の渇きが来た。


「……水が、足りない」


僕が言うと、カイルが即答した。


「足りないじゃねえ。お前、昨日からずっと足りてないだろ」


「正確には、足りてるときに“足りない未来”が見えるだけです」


「それを足りないって言うんだよ」


畑は広がった。


燻し箱も増えた。


ホムも回っている。


ガーちゃん――ガーネットは谷の入口に座って、今日も外を睨んでいる。


そして、次のボトルネックは。


水。


飲む。


煮る。


洗う。


冷ます。


布でこす。


全部が水だ。


全部が、失敗したら腹を壊すやつだ。



「工程にしよう」


僕が言うと、クレアがぱっと顔を上げた。


「工程! はい!」


「反射で肯定するな」


カイルが言う。


「否定する理由がありません!」


理由はある。


工程にするってことは、設備を作るってことだ。


設備を作るってことは、また作業が増えるってことだ。


でも。


作業が増えても、工程が回るなら。


「水が作れる拠点にする」


僕は言い切った。



場所は決めた。


焚き火場から近い。


でも煙や灰が入らない。


畑の往復のついでに寄れる。


そして、ガーちゃんの視界に入る。


「見張りの動線にも入れておくと安心なんだよな……」


カイルがぼやく。


「番竜をインフラ扱いするな」


「扱いじゃない。現実だ」


石を積む。


浅い窪みを作り、そこに平たい石を敷く。


水を溜める“沈殿槽”。


「沈殿って……待つんですか?」


クレアが首を傾げる。


「待つ。待てる形にする」


水を汲んで、ここに流す。


土と微かな砂が、沈む。


上澄みを別の容器に移す。


次。


煮沸。


火回り。


鍋の置き場所。


薪の置き場所。


火が強すぎない位置。


「火の位置まで固定するのか」


カイルが呆れた。


「固定すると迷わないから」


「迷うな」


「迷います。喉が渇いてるときは特に」


クレアが真面目に頷いた。


「分かります! お水を急ぐときほど、こぼします!」


「ほら」


「納得させるな」



最後。


布こし。


布は貴重だ。


だけど腹痛は、もっと貴重じゃない。


生きるために必要なのは、だいたい“ケチると死ぬ”側にある。


「布こしの場所も、固定」


僕が言う。


クレアが小石を並べて印を付けた。


「ここですね!」


カイルが手を額に当てた。


「……お前ら、作業場のことを神殿みたいにするな」


「神殿じゃない。ラインです」


「言い方」



午前。


沈殿槽に水を溜める。


午後。


上澄みを移して煮沸。


夕方。


冷まして布こし。


やってみると、分かる。


“できる”。


やることが決まっている。


置く場所が決まっている。


待つ場所が決まっている。


これだけで、脳が軽い。


「水が、工程になった……」


僕が呟くと、クレアが嬉しそうに拍手しかけて、やめた。


「すごいです、アル様! これなら、明日も明後日も、お水が作れます!」


カイルが腕を組んで頷く。


「……まあ。


“お前が倒れても”誰かが回せる形になったのは、でかい」


「縁起でもない」


「現実だ」


現実。


そう。


現実は、工程で殴る。



ふと、谷の入口を見た。


ガーちゃんが、こちらを見ている。


僕は端切れを一つ持ち上げる。


ガーちゃんは尻尾の先を揺らした。


「今日は水回りの工事で手一杯だから、少なめだぞ」


カイルが言うと、ガーちゃんは一瞬だけ視線を向け――また外を睨んだ。


守る。


待つ。


契約は続く。


――と、思っていた、そのとき。


谷の外。


草むらが、ばさりと揺れた。


次の瞬間、ガーちゃんが立ち上がる。


大きな爪が石を噛み、尻尾が一度だけしなる。


「おい、まさか」


カイルが言い切る前に。


ガーちゃんは、飛んだ。


音もなく。


短い悲鳴。


鈍い衝撃。


それで終わり。


数呼吸後。


ガーちゃんは、何事もなかったみたいな顔で戻ってきた。


口元には――毛と角。


「……食ってる」


カイルが呟く。


「足りない分は、現地調達してるみたいですね」


僕が言うと、カイルが眉間を押さえた。


「そうだな……」


ガーちゃんは獲物を地面に置き、前足で器用に――二つに割った。


片方を自分で咥え、もう片方を、こちらへ。


「……え」


クレアが目を丸くした。


「お裾分け……ですか?」


ガーちゃんは、鼻を鳴らした。


『持っていけ』と言っているように。


いや、たぶん。


カイルが露骨に後ずさる。


「いらねえ。いらねえよ。俺は今、最低限の人間性で踏みとどまってる」


僕は少しだけ悩んでから、頷いた。


「……ありがとう。保存して、必要なときに使う」


ガーちゃんは満足そうに尻尾の先を揺らし、また入口へ戻った。


見張り。


狩り。


配給。


「番竜、万能か?」


カイルが震え声で言った。


「万能じゃない。頼れるだけです」


「言い方!」



夕方。


沈殿槽の水面は静かだった。


火のそばには薪が積まれ、鍋が置かれ、布が干されている。


僕は手の甲の紋章に目を落とす。


ホムの樹。


“生える”のはホムだけじゃない。


工程も。


少しずつ。


根を張っていく。


僕は帳面を開いた。


今日の結論を書く。


---


水が工程になった。


これで、拠点は一段だけ強くなる。


---


## ホムノート(メモ)


- ボトルネックは順番に移る。畑・保存の次は水(飲料・煮沸・衛生)。

- 水は“その場の頑張り”だと事故る。沈殿→煮沸→冷却→布こしを固定して工程化する。

- 工程化は設備化(置き場・火回り・待つ場所)とセット。迷わない=事故が減る。

- ホムの樹(虚実樹)の供給があっても、生命線(水・火・保存)を工程として整えないと安定しない。

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