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異端者、邪竜と契約する

朝。


辺境の空は、青いのに冷たい。


昨夜の残り火を掘り起こして、僕は小さく息を吐いた。


「保存工程が必要だ」


言ったはいい。


でも、燻製小屋も干し台も塩もない。


材料も道具も、そもそも拠点すら、まだ“ここ”にない。


「つまり」


僕は両手を広げた。


「やることが多い」


クレアが元気よく頷く。


「はい、アル様。やることが多いです!」


カイルは、昨日の「負けだ、食う」以降、若干だけ僕らに慣れた顔をしていた。


……いや、慣れたというより。


諦めた顔、と言うべきか。


「やることが多いのはいい。だが、その前に――」


カイルが空を見上げて言う。


「食料と水の確保だ。今日は移動するのか? それとも周りを見て、マシな場所を探すのか」


「生活しやすそうな場所を探す」


僕は頷いた。


「ここ一帯で、“拠点にできそうな条件”を探します。風が弱い、水が近い、燃料が取れる、見通しがいい。そういう場所」


カイルが頭を抱えかけて、やめた。


代わりに、鼻で短く笑う。


「まあ、そうだな。……で、見つけたら次は?」


「まずは風除けと、保存のための火回り。次に水。次に衛生。次に――」


「待て。多い」


「多いですね」


クレアが即答する。


「多いって言われても、減りません」


「それを言うな」


カイルがため息を吐いた。


僕は笑った。


……笑うしかない。


でも、笑える。


前世の“僻地開拓ごっこ”の血は、たぶんこういう瞬間に一番うるさい。


詰んでるほど燃える。


工程表を引くと落ち着く。



僕らが動き出して、しばらく。


瘴気の匂いは薄い膜みたいに常に喉に絡む。


草は細く、木は少ない。


それでも、地形のクセはある。


風が抜けない窪地、石が多い場所、乾いた土。


「……ん?」


カイルが足を止めた。


剣の柄に手がかかる。


「どうしました」


「臭い。血だ」


クレアが僕の袖を掴む。


「アル様、危ないです」


危ない。


それは当然。


でも――


血の匂いがあるなら。


そこには、何かがいる。


そしてこの辺境では、“何か”はほぼ全部、僕らの生存に直結する。


「確認します」


「おい!」


カイルが言いかけたが、僕はもう、足を進めていた。


窪地の向こう。


岩陰に、黒い影が見えた。


大きい。


そして、動いていない。


「……竜」


カイルの声が、少しだけ裏返った。


竜。


この世界での竜がどの程度の脅威か、僕は知らない。


でも、サイズだけで分かる。


これは、僕ら三人が正面からどうこうできる相手じゃない。


なのに。


竜は、弱っていた。


翼が片方、裂けている。


鱗の隙間に乾いた血。


呼吸が浅い。


「生きてる……」


クレアが呟く。


カイルは剣を抜きかけて、止めた。


「近づくな。弱ってても、竜は竜だ」


「分かってます」


僕は距離を取ったまま、しゃがみ込む。


竜の目が、薄く開いた。


金色。


その視線が僕を捉えて――


次の瞬間。


腹が鳴った。


「……」


竜の。


ぐぅ、と。


あまりにも間の抜けた音。


クレアが、耐えきれずに吹き出した。


「お腹……空いてるんですね」


カイルが顔をしかめる。


「笑うな。……いや、笑うが」


僕は喉の奥で笑いを噛み殺しながら、状況を切り分けた。


敵か。


味方か。


たぶん、どっちでもない。


今は、飢えた大型生物だ。


そして。


飢えた大型生物は、餌で動く。


「肉ホムを出します」


カイルが即座に首を振る。


「やめろ! 竜に餌をやるなんて――」


「食われるなら、今すぐ僕らが食われます。……でも」


僕は言葉を選ぶ。


「食わせて落ち着くなら、こっちの生存率が上がる」


「また生存率か!」


「癖です」


「癖で済ますな!」


クレアが、いつもの調子で胸を張った。


「さすがアル様です! 生存率は大事です!」


「お前は話を広げるな……」


カイルが頭を抱える。


僕は、深呼吸して意識を絞った。


――人体錬成(弱)。


現状の枝は、ホムンクルス(空)。


器だけ。


魂なし。


つまり。


肉だ。


ぬるり、と。


スイカほどの肉塊が、地面に現れた。


竜の目が、わずかに大きく開く。


鼻孔が動き、匂いを吸う。


僕はそれを、竜から少し離れた場所へ転がした。


「……食べろ。落ち着け。今はそれでいい」


言い方が、ほとんど獣の扱いだ。


カイルがぼやく。


「俺たちは今、竜に“待て”を教えているのか……」


「待てを覚えてくれたら助かります」


「真顔で言うな」


竜は、ぎこちなく首を動かした。


傷が痛いのか、動きが遅い。


でも、その口が肉ホムに届いた瞬間。


一口で、半分消えた。


「うわ……」


クレアが声を漏らす。


竜は噛むというより、飲み込む。


そして、もう一口。


肉塊がなくなる。


竜の喉が、ごくり、と動いた。


次いで、胸が大きく上下する。


さっきまで浅かった呼吸が、ほんの少しだけ深くなる。


裂けた翼の縁にこびりついていた血が、じわ、と湿って――止まった。


治った、なんて言えるほどじゃない。


でも、「今すぐ死ぬ」感じが、一段だけ遠のいた。


竜は、しばらく目を閉じた。


……静かだ。


襲ってこない。


カイルが喉を鳴らす。


「……おい。落ち着いたのか?」


竜が、ゆっくりと目を開けた。


そして。


僕の方へ、頭を下げた。


「……え?」


クレアが目を丸くする。


「今、頭を下げました?」


「偶然だ」


カイルは言ったが、声に自信がない。


竜はもう一度、首を低くした。


まるで。


「もっと」


と言っているみたいに。


僕は、思わず口元を押さえた。


「……タンパク源が増えたな」


カイルが、すごい顔で僕を見る。


「今、なんて言った」


「いや、独り言です」


「独り言が怖い!」


クレアが、きらきらした目で言う。


「アル様、竜さん、お供になりますか?」


「……お供」


僕は竜を見る。


竜も僕を見る。


理屈で言えば危険だ。


絶対に危険だ。


でも、実務で言えば。


守ってくれる大型生物がいる。


運搬できる。


威圧できる。


他の獣が寄らなくなる。


そして何より。


肉ホムの“消費先”ができる。


「……条件付きで」


僕が言うと、竜が鼻を鳴らした。


カイルが呻く。


「条件ってなんだ。竜に契約書でも読ませる気か」


「読ませません。運用します」


「運用って言えば何でも通ると思うな」


クレアがうんうん頷く。


「通りますよ。アル様ですから」


「そこは頷くな!」


竜は、僕らのやり取りを聞いているのかいないのか、地面に腹をつけた。


休んでいる。


……いや。


待っている。


僕は荷物から帳面を取り出し、炭筆を握った。


ホムノート。


生存のための覚え書き。


そして。


今日の新規項目は、これだ。


## ホムノート(メモ)


- 大型生物(竜)は飢餓状態だと危険度が跳ね上がるが、餌で行動が安定する可能性。

- 肉ホムは竜の餌として高効率で消費される(一体でほぼ一食分?)。

- 竜の負傷:翼の裂傷、出血痕。敵対より先に「回復」と「餌」の要求が強い。

- 竜を“お供枠”として運用できるか検討(警戒・運搬・威圧)。

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