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異端者、禁断の芽を吹かせる

昼。


竜は僕らの少し後ろを、のっそり歩いていた。


翼の裂け目はまだ痛々しい。でも――昨日より、目が生きている。


それがなにより怖い。


「アルフレッド。言っておくが、そいつは味方じゃないからな」


カイルが小声で釘を刺す。


「分かってます。今は“餌で落ち着いてる大型生物”です」


「その言い方は胃に来る……が、状況は飲み込んだ。いいか、距離だけは守れ。餌は俺が前に投げる」


クレアが胸を張る。


「でも大事です。大型生物は、落ち着いてもらわないと困ります」


「……染まるなら“安全管理”にしろ。距離と火だけは守れ」


竜が、ぐるる……と喉を鳴らした。


「威嚇ですか?」


僕が言うと、カイルが顔をしかめる。


「腹だ。腹が鳴ってる。……ほんとに獣なんだな」


「獣ですよ。竜ですし」


僕は荷物の紐を締め直し、周囲を見回した。


拠点候補を探す。


条件は昨日言った通り。


風が弱い、水が近い、燃料が取れる、見通しがいい。


そして、もう一つ追加。


「竜が横になれる広さ」


カイルが一瞬、目を点にした。


「……そこが最優先なのか?」


「最優先ではないです。けど、運用上は重要です」


「運用上……」


カイルが頭を抱える。


クレアが真顔で言う。


「アル様の言う“運用上”は、だいたい正しいです」


「褒め方が雑だな」



小さな谷。


岩と岩の間に風が逃げて、中央だけ空気が溜まっている。


瘴気の膜が、少し薄い。


下流に、かろうじて水が流れている。


透明ではない。けど、泥水ほどでもない。


「……ここなら、死なないラインに寄せられる」


僕が呟くと、カイルが眉を上げた。


「ラインってなんだ」


「生存ラインです」


「状況が最悪なのに、お前の言葉だけ妙に事務的なんだよ……」


クレアが頷き、谷底の石を拾って並べ始めた。


「じゃあ、ここをアル様の拠点にしますね」


「決定が速い!」


カイルがツッコミを入れた。


僕は笑った。


――こういうテンポが、僕の心を折らずに済ませる。


それに。


拠点が決まると、工程が繋がる。


「まず、風除け。次に火回り。次に保存。次に水。次に――」


「待て。増えてる」


「増えます。生きるってそういうことです」


僕は視線を竜へ向けた。


竜は谷の入口に座り、外を睨んでいる。


「……あれ、見張りしてる?」


クレアが目を丸くした。


カイルが唸る。


「偶然だろ。偶然であってくれ」


僕は荷物から帳面を取り出し、炭筆を走らせた。


“拠点候補:谷。水あり。風弱。見通し良。竜:入口で座る(偶然?)”



問題は、飯だ。


肉ホムは作れる。


だが、作れる量は限られている。


腐るのも早い。


つまり。


「保存工程、今すぐ要る」


僕が言うと、カイルが腕を組む。


「燻製って言ってたな。材料は?」


「煙と、時間と、囲いです」


クレアが即座に拾った枝を差し出した。


「煙、あります!」


「時間は?」


「あります!」


「時間の捉え方が雑すぎる」


僕は谷の壁際に、石を積み始めた。


燻製小屋――と言うには貧相だ。


石で囲って、上を枝と草で覆って、煙を逃がさない。


要は、肉を“空気から隔離して熱と煙を当てる”だけ。


「アル様、これ、邪教の儀式みたいです!」


クレアが楽しそうに言う。


カイルが白目になる。


「その単語を使うな! ……いや、見た目がそれっぽいのは否定できない。火加減は俺が見る、腐らせるな」


「大丈夫です。これは保存です。工程です」


「工程でごまかすな!」


僕は肉ホムを細く裂き、火で軽く炙ってから、石囲いの中に吊るした。


熱は強すぎると焦げる。


弱すぎると腐る。


……要は、ちょうどいい。


“ちょうどいい”って、言葉にすると簡単だ。


現実は、だいたい難しい。



肉を吊るして、少し時間が経った。


風が変わる。


谷の入口で竜が顔を上げた。


次の瞬間。


遠くで、草が擦れる音。


カイルが剣に手をかけた。


「来るぞ」


僕は反射的に、竜を見る。


竜も、外を見ている。


黒い影が一つ。


狼。


いや、狼に似た痩せた獣。


骨ばって、目が濁っている。


瘴気で、腹を空かせた獣だ。


「……止まれ」


カイルが言う。


獣は止まらない。


その瞬間。


竜が、立った。


のっそり。


でも、空気が変わる。


獣が、硬直した。


竜が一歩、前へ。


獣が、尻尾を巻いて逃げた。


「……」


クレアが、ぽつりと呟く。


「番犬……」


「番竜だな」


カイルが、疲れ切った声で言った。


僕は、喉の奥で笑いを噛み殺した。


“威圧で害獣回避”。


これは、生存率が上がる。


「カイル。あの竜、便利です」


「便利って言うな。……助かったのは事実だ。次は餌の量を決めろ。調子に乗ると食われる」



夕方。


燻した肉は、表面が乾いて、匂いが変わった。


昨日の“腐る”感じが薄い。


ただし、味は――雑だ。


そのへんで拾った湿った枝と、瘴気臭い木っ端を適当に燃やしただけ。


煙が強い。えぐい。鼻の奥に刺さる。


「……勝ったな」


僕が言うと、クレアが目を輝かせる。


「勝ちました! アル様!」


カイルが眉をひそめた。


「何に勝ったんだ」


「腐敗に」


「その言い方は嫌だ……が、勝ったのは分かる。次は失敗条件を潰せ。俺は見張りを続ける」


僕は燻製肉を一切れ、竜の前に置いた。


竜は匂いを嗅いで、首を傾ける。


一口。


咀嚼した。


「噛んだ……」


クレアが驚いた。


「煙の匂いが嫌なのかも」


僕は炭筆を握る。


“燻製肉:竜、噛む。飲み込み効率低下。だが満足度は上がる?”


書いてから、ふと気づいた。


燻製の下に落ちた脂。


黒くなった汁。


土に染みている。


この土は、死んでいる。


作物が育たない。


でも。


脂が落ちたところだけ、虫が寄ってきている。


虫?


ここに?


「……土が、反応してる」


カイルが眉を寄せる。


「何が言いたい」


僕は指先で土をつまんだ。


固い。


乾いている。


けれど、脂の落ちた部分だけ。


わずかに、柔らかい。


「肥料だ」


クレアがぱっと顔を上げる。


「畑ですか!?」


カイルが即座に否定する。


「無理だ! ここは作物が育たないって――」


「だからこそ、試す価値がある」


僕は言葉を慎重に選んだ。


「命は作れません。神の領分です。……でも、土を起こすのは、人の仕事でしょう」


カイルが、言葉を飲み込んだ。


僕は続ける。


「肉ホムは“命”じゃない。魂がない。ただの肉です。なら、残渣もただの有機物。土に入れたら、土は“食う”かもしれない」


「……お前」


カイルが呻く。


「やる気だな」


「はい」


僕は笑った。


「詰んでるほど燃えるので」


「それは言っていいのか……いや、まあいい」


クレアが、もう地面を掘り始めている。


「畑、作りますね!」


「待て、せめて相談しろ!」



僕らは、小さな畝を作った。


竜は谷の入口で、また座っている。


カイルは文句を言いながら、結局、石を運んだ。


クレアは楽しそうに土を返す。


僕は肉ホムの残渣と灰を混ぜ、土にすり込んだ。


……臭い。


協会の神官が見たら、たぶん発狂する。


でも。


生きるためだ。


夜。


畝の上に、薄い芽が一本。


僕は目を瞬いた。


早すぎる。


錯覚か?


いや。


芽だ。


「……土が、息をした」


クレアが両手を口に当てた。


「アル様……!」


カイルが、ものすごく嫌な顔で言った。


「それ、絶対に協会に言うなよ」


「言いません。……僕が、言うわけないでしょう」


僕は帳面を開く。


今日の報酬は、これだ。


## ホムノート(メモ)


- 拠点候補:谷。水あり、風弱、瘴気膜が薄い(体感)。

- 竜:入口で座る。威圧で害獣(狼状)を退けた。番竜運用が有効。

- 保存:石囲い+煙で燻製が成立。腐敗速度を抑制できる。

- 肉ホム残渣(脂・汁・灰)を土に混ぜた箇所で虫の反応→土の柔らかさが変化。

- 小畝で芽を確認。瘴気で死んだ土でも“反応”が出る可能性。


明日やること。


保存工程を安定化。


畑の再現性を確認。


竜の“契約条件”を、運用に落とす。


……やることが多い。


でも。


やれる。

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