異端者、肉人を食らう
夜。
辺境の空は、星が近い。
近いのに、寒い。
地面からじわじわ上がってくる瘴気の冷えが、骨に張りつく。
「アル様、火です」
クレアが小枝を集めてきた。
「ありがとう。……燃えるかな」
乾いているはずの枝が、妙に湿っている。
この土地は、空気まで“微妙”だ。
カイルは少し離れた場所で、剣を膝に置いたまま周囲を見張っていた。
「……あんまり動くなよ。匂いで寄ってくる獣がいる」
「匂い」
僕は、さっき出した“素材”――肉ホム(仮)を見た。
生々しい肉の塊。
人型ではない。
それでも、禁忌の匂いがする。
「アルフレッド。お前、本気でそれを食うつもりか?」
カイルが、嫌そうに言った。
「食う、というより……生存問題の解決です」
「言い方が嫌だ」
「でも、現実が嫌なので」
クレアが真顔で頷いた。
「現実はお腹が空きます。アル様」
「うん。空く」
笑う余裕はまだある。
……いや、笑うしかない、というのもある。
でも同時に、前世で好きだった“僻地開拓ごっこ”の血が騒いでいた。
詰んでるほど燃える。やることが見えるほど落ち着く。
あるうちに、手を動かす。
僕は肉ホムを、ちぎれる範囲で小さく分けた。
それから、もう一度――意識を絞る。
“半日で一体”。
さっき出した分は、実質的に今日の上限だ。
それでも確かめたかった。
このスキルが、どれだけのコストで、どれだけの回数回るのか。
手のひらの奥が、じり、と熱を持つ。
筋肉の奥側から体力が抜けていくような感覚。
「……っ」
膝が笑いかけた。
出ない。
出せない。
いや――出そうとすれば、出るのかもしれない。
でも、その瞬間に僕の方が先に倒れる。
「アル様?」
クレアが覗き込む。
「……検証。今日はもう一体が限界」
「限界って……」
カイルが顔をしかめた。
「体力を食うのか」
「たぶん。作成した後はクールタイムが要る。しばらく回復待ち」
「……よりによって、おぞましいスキルなのに燃費も悪い。神って意地悪だな」
カイルが半目で呟く。
その顔が、妙に真剣で、妙に間抜けで。
クレアが小さく噴き出した。
言葉にして、ようやく現実として腹に落ちた。
一日で無限に出せるなら運用が違う。
でも実際は、半日で一体。
つまり、ホムを雑に使う=そのまま自分の寿命を削る。
「ちょっと待て。素手で触るな」
カイルが止める。
「衛生ですか?」
「衛生もだが……宗教的に、だ」
「宗教的には、ここで死ぬのはセーフなんですか」
「……口が減らないな」
カイルはため息をついた。
◇
火がついた。
ぱち、ぱち、と乾いた音。
肉ホムの表面に熱が入ると、すぐに色が変わった。
脂が落ちる匂いがする。
……美味そうな匂いだ。
「アル様、これ、普通にご飯の匂いです」
「普通じゃないからね」
「でも匂いは普通です」
「うん……匂いは普通だ」
カイルが顔をしかめた。
「やめろ。そんな普通の顔で言うな」
僕は串の先を少しだけ口に近づけて、慎重に齧った。
熱い。
そして――
食える。
「……食えるな」
「でしょう?」
僕が言うと、クレアがぱっと笑った。
「さすがアル様です! 生きられます!」
「褒めないでって言ってるのに」
カイルが眉間に皺を寄せる。
「……俺は、食わんぞ」
「無理にとは言いません」
「じゃあ俺は何を食えばいいんだ」
「そこは……」
沈黙。
火の爆ぜる音だけが、妙に大きい。
カイルは何度か口を開きかけて、結局、ため息を吐いた。
「……分かった。負けだ。食う」
まるで敗北宣言みたいに言って、カイルは肉ホムの串を乱暴に受け取る。
一口。
眉が跳ねた。
「……っ、普通にうまいのが腹立つ」
クレアが、勝ったみたいに胸を張る。
僕は一瞬だけ言葉に詰まり、正直に言った。
「同じものを食べた方が生存率は上がります」
「お前の口から“生存率”が出るの、怖い」
「癖です」
「癖で言う言葉じゃないだろ……」
カイルが頭を抱えた。
僕らは黙々と食べた。
クレアは遠慮なく、よく噛んで、目を輝かせている。
僕は荷物の隅から薄い帳面と炭筆を取り出し、火の明かりで走り書きした。
ホムノート――そう名付けた、僕の生存のための覚え書きだ。
僕は、量と満腹感の関係を頭の中で整理し、そのまま文字に落とす。
――スイカ一体分。
これを焼けば、二人は一日持つ。
三人だと、ギリギリ。
“今日食べる”はクリア。
次。
◇
問題は、すぐに来た。
夜更け。
火を落とし、簡易の寝床を作っていると。
「……臭い」
カイルが低く言った。
「獣ですか」
「違う。……腐った匂いだ」
僕は、自分がさっき分けて残した肉ホムの欠片を見た。
焚き火から少し離しただけ。
それなのに、表面がぬめり、色が変わり始めている。
「早いな」
僕が呟く。
「外気に弱い……なるほどな」
僕はすぐにホムノートを開き、腐りかけた欠片を見ながら一行目を書き足した。
“外気下では急速に変質。放置は死”
崩壊する。
僕が言っていた“戻る”は、たぶん“分解”に近い。
つまり。
保存しないと、ロスになる。
いや、ロスどころじゃない。
ロス=死。
「アル様……これ、明日には食べられませんよね」
クレアが不安そうに言う。
「うん。明日は無理だ」
「じゃあ、どうします?」
僕は、火の残りを見た。
煙。
熱。
乾燥。
「保存工程が必要だ」
カイルが眉をひそめる。
「……工程」
「燻製でも、干し肉でも、塩でもいい。重要なのは“明日の食料”を今日のうちに作ること」
「そんな簡単に――」
「簡単じゃない。でも、やらないと死ぬ」
言い切ると、カイルが黙った。
クレアは、少しだけ背筋を伸ばした。
「アル様。やりましょう」
「うん。やる」
僕は、残った肉ホムの欠片をもう一度小さく切り分けた。
禁忌だろうが、気味が悪かろうが。
この土地は、僕らに選択肢をくれない。
――食える。
でも腐る。
だから、保存する。
そのための工程を組む。
それが、僕の“次の一手”だ。
## ホムノート(メモ)
- 肉ホムは加熱すれば食用として成立(内部消費前提)。
- 生成上限(現状):半日で1体が限界。生成後は体力消耗が大きく、しばらく回復待ち(クールタイム)が必要。
- 外気下で急速に変質(ぬめり・変色)。放置すると食用として維持できない。
- 「崩壊」は腐敗というより分解に近い可能性。保存工程(燻製/干し/塩)の優先度が高い。




