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異端者、追放される

「――異端。よって追放。以上」


儀式場の石床に響いたのは、あまりにも事務的な宣告だった。


僕――アルフレッドは跪いたまま、喉の奥がひゅっと鳴るのを感じる。貴族の子として育てられた身だ。礼儀も姿勢も、こういう場で崩してはいけない。


……いや、崩してもいいのか。もう追放なのだから。


白い神官服の列が一斉に視線を逸らした。まるで僕が、ここにいるだけで不浄になるかのように。


「授与されたスキルは――人体錬成(弱)。」


ざわり、と空気が揺れた。


「人体錬成にツリーにつらなるホムンクルスとやら。前例のないスキルながらも、邪教の“肉人”のようなものを生み出すスキルがまともなものであるはずがない!」


「しかも“空”だ。魂の器だけを用意する――中身のない、空っぽの素体だぞ」


叱責を飛ばした神官が、ほんの少し唇を引きつらせた。嫌悪、恐れ、そして……憐れみ。


背後の護送騎士――カイルが、短く息を吐く。


「アルフレッド……」


耳元で小さく囁いたのは、付き従ってきたメイド――クレアだった。いつも通りの、距離感のない声。


「大丈夫。たぶん」


僕は微笑もうとして、頬が引きつった。


大丈夫なわけがない。


この国の宗教観では、生命を創るのは神の仕事だ。


命を生む。命に限りなく近い何かを“模す”。それはたとえ実際に魂が宿っていなくても、禁忌として扱われる。


――だから、僕は追放された。


「護送の馬車を用意した。辺境へ」


宣告は淡々と、すべてを決めていった。



馬車の揺れが、胃の奥まで揺さぶる。


――前世の記憶がある。


頭の中の引き出しが一つ増えた感覚は、正直かなり役に立つ。


それに……こんな状況なのに、胸の奥が少しだけ騒いでいる。


前世で僕は、物語の中の「僻地で一から暮らしを組み立てる」話がやたら好きだった。


畑を耕して、道具を揃えて、拠点を作って、気づけば人が集まって――みたいなやつ。


現実はもちろん、そんな甘いもんじゃない。


でも。


この世界で“生きるために”それをやる羽目になったなら。


僕はきっと、前向きに動ける。


でも、この状況でそんなことを口にしたらどうなる?


異端として追放されたばかりの僕が「変な知恵」を語った瞬間、邪教認定が“確信”に変わる。


だから決めた。


前世のことは、僕からは絶対に発信しない。


使うのは頭の中だけ。外に出す言葉は、この世界の理屈で整える。


木箱の匂い。乾いた干し草。汗と革。


カイルは僕らを見張るというより、事故らないように運ぶ係みたいな顔をしていた。


「……あの。質問していいですか」


僕が声をかけると、カイルは少しだけ眉を上げた。


「追放者が口を利くのは珍しいな」


「命令違反なら黙ります」


「いや。聞くだけ聞こう。どうせ道中は長い」


常識枠、というやつだ。気難しそうに見えて、話は通じる。


「“肉人”って、そんなにまずいんですか。魂は入らないって言ってましたよね」


「そこが問題なんだよ」


カイルは苦い顔をした。


「命があるかどうかは、宗教にとっては二の次だ。神の領分に手を伸ばす“発想”そのものが禁忌だ。模した時点で、神を騙す。神を試す」


「……なるほど」


理解はできる。感情はついていかない。


「実務的には?」


「実務的には……」


カイルは言い淀んだ。


「昔、似た系統のスキルが暴走してな。国境沿いの村が“それっぽいもの”で埋まったって記録がある。魂は入らない、のに。見た目が人間に近いほど、人は壊れる」


「壊れる……」


クレアが僕の袖をそっと握った。


「アル様。ご安心ください。アル様は、そんなことしません」


「うん。しない。たぶん」


僕は口をつぐんだ。


――“たぶん”が余計だ、と自分でも思う。


なぜなら僕は今、頭の中でスキルの“使い道”を計算し始めている。



追放の馬車は、最後の村を過ぎた。


窓から見える畑は、どんどん痩せ、色を失っていく。


風が変わった。


鼻の奥がつんとする。金属と腐葉土を混ぜたような匂い。喉に薄い膜が張る感じ。


「瘴気だ」


カイルが言った。


「ここから先は、作物が育たない。水も微妙だ。獣も痩せる。人も――長くは住めない」


馬車を降りた瞬間、空気が重い。


視界の端がじわりと霞む。肌が乾くのに、汗が冷える。


遠くの山肌が、煤けたように黒い。


木がない。草も弱い。土が、死んでいる。


「……ここ、詰んでないか?」


思わず、独り言が漏れた。


クレアが即座に頷く。


「詰んでますね、アル様」


「即答しないで」


僕は乾いた笑いをこぼす。


笑ってないと、たぶん本当に折れる。


でも同時に、頭のどこかが“工程表”を引き始めていた。


最悪の条件。


だからこそ、やり方次第で伸びしろがある。


「でもアル様、きっと大丈夫です。アル様ですから」


「それ根拠じゃないよね」


カイルが、頭痛でもこらえるみたいに額を押さえた。


「……お前たち、漫才をしている場合じゃ――」


「じゃあ、どうすればいいんです?」


クレアが言い返す。


「食べるものがない。土は死んでる。水も微妙。ここ、ほんとに詰んでます」


「……」


カイルが黙る。


黙った、ということは。


つまり本当に詰んでいる。


僕は深呼吸して、手のひらを見た。


生きるための問題は、五つ。


食料。水。燃料。衛生。拠点。


全部、今ここにない。


――だからこそ、やることは単純だ。


「ホムンクルスを出す」


カイルがぎょっとした。


「おい、今ここでか」


「見た目だけでも把握しないと、工程が組めない」


「工程ってなんだ!」


「運用です」


僕が言うと、クレアが胸を張った。


「さすがアル様です!」


「褒めないで」


意識を集中する。


――出力は、今のところスイカくらいの大きさを一体。


大きさも数も、まだ伸びない。


手のひらの前に、ぬるりと“素材”が現れた。


肉が、表面に出ている。


人の形に似せてはいない。似せたら、それだけで禁忌が濃くなる。


でも、もっと気持ち悪いのは別だ。


そこに“何も”いない。


目がないのに、見られていない。心臓がないのに、沈黙だけがある。


器だけが生成されて、中身が来ない――それが「ホムンクルス(空)」の“空”だ。


……で、魂が入っていないなら。


僕の感想は、わりと軽い。


肉を出してるだけ。


だったら――まあ、別にいっか。


形態については、手足付けるか付けないかは選べるようだな。


今回は、手足なしで丸っとした謎の肉の塊。


ただ、それでも。


生々しい。


クレアが一歩引いて、次の瞬間には前に出た。


「……アル様。これ、食べられそうですね」


カイルが顔をしかめる。


「見ろ、やっぱり不浄だ。こんなもの――」


「でも、これしかない」


僕は言った。


「生きる手段がそれしかない状況を、神官たちが作った。なら僕は、生きるために使うだけです」


カイルが、言葉を失った。


クレアが、僕の袖を握る。


「アル様。生きましょう」


「うん。生きる」


僕は、辺境の死んだ土を見下ろした。


――ここを、工程で“回す”。


それが僕の、生存だ。

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