異端者、追放される
「――異端。よって追放。以上」
儀式場の石床に響いたのは、あまりにも事務的な宣告だった。
僕――アルフレッドは跪いたまま、喉の奥がひゅっと鳴るのを感じる。貴族の子として育てられた身だ。礼儀も姿勢も、こういう場で崩してはいけない。
……いや、崩してもいいのか。もう追放なのだから。
白い神官服の列が一斉に視線を逸らした。まるで僕が、ここにいるだけで不浄になるかのように。
「授与されたスキルは――人体錬成(弱)。」
ざわり、と空気が揺れた。
「人体錬成にツリーにつらなるホムンクルスとやら。前例のないスキルながらも、邪教の“肉人”のようなものを生み出すスキルがまともなものであるはずがない!」
「しかも“空”だ。魂の器だけを用意する――中身のない、空っぽの素体だぞ」
叱責を飛ばした神官が、ほんの少し唇を引きつらせた。嫌悪、恐れ、そして……憐れみ。
背後の護送騎士――カイルが、短く息を吐く。
「アルフレッド……」
耳元で小さく囁いたのは、付き従ってきたメイド――クレアだった。いつも通りの、距離感のない声。
「大丈夫。たぶん」
僕は微笑もうとして、頬が引きつった。
大丈夫なわけがない。
この国の宗教観では、生命を創るのは神の仕事だ。
命を生む。命に限りなく近い何かを“模す”。それはたとえ実際に魂が宿っていなくても、禁忌として扱われる。
――だから、僕は追放された。
「護送の馬車を用意した。辺境へ」
宣告は淡々と、すべてを決めていった。
◇
馬車の揺れが、胃の奥まで揺さぶる。
――前世の記憶がある。
頭の中の引き出しが一つ増えた感覚は、正直かなり役に立つ。
それに……こんな状況なのに、胸の奥が少しだけ騒いでいる。
前世で僕は、物語の中の「僻地で一から暮らしを組み立てる」話がやたら好きだった。
畑を耕して、道具を揃えて、拠点を作って、気づけば人が集まって――みたいなやつ。
現実はもちろん、そんな甘いもんじゃない。
でも。
この世界で“生きるために”それをやる羽目になったなら。
僕はきっと、前向きに動ける。
でも、この状況でそんなことを口にしたらどうなる?
異端として追放されたばかりの僕が「変な知恵」を語った瞬間、邪教認定が“確信”に変わる。
だから決めた。
前世のことは、僕からは絶対に発信しない。
使うのは頭の中だけ。外に出す言葉は、この世界の理屈で整える。
木箱の匂い。乾いた干し草。汗と革。
カイルは僕らを見張るというより、事故らないように運ぶ係みたいな顔をしていた。
「……あの。質問していいですか」
僕が声をかけると、カイルは少しだけ眉を上げた。
「追放者が口を利くのは珍しいな」
「命令違反なら黙ります」
「いや。聞くだけ聞こう。どうせ道中は長い」
常識枠、というやつだ。気難しそうに見えて、話は通じる。
「“肉人”って、そんなにまずいんですか。魂は入らないって言ってましたよね」
「そこが問題なんだよ」
カイルは苦い顔をした。
「命があるかどうかは、宗教にとっては二の次だ。神の領分に手を伸ばす“発想”そのものが禁忌だ。模した時点で、神を騙す。神を試す」
「……なるほど」
理解はできる。感情はついていかない。
「実務的には?」
「実務的には……」
カイルは言い淀んだ。
「昔、似た系統のスキルが暴走してな。国境沿いの村が“それっぽいもの”で埋まったって記録がある。魂は入らない、のに。見た目が人間に近いほど、人は壊れる」
「壊れる……」
クレアが僕の袖をそっと握った。
「アル様。ご安心ください。アル様は、そんなことしません」
「うん。しない。たぶん」
僕は口をつぐんだ。
――“たぶん”が余計だ、と自分でも思う。
なぜなら僕は今、頭の中でスキルの“使い道”を計算し始めている。
◇
追放の馬車は、最後の村を過ぎた。
窓から見える畑は、どんどん痩せ、色を失っていく。
風が変わった。
鼻の奥がつんとする。金属と腐葉土を混ぜたような匂い。喉に薄い膜が張る感じ。
「瘴気だ」
カイルが言った。
「ここから先は、作物が育たない。水も微妙だ。獣も痩せる。人も――長くは住めない」
馬車を降りた瞬間、空気が重い。
視界の端がじわりと霞む。肌が乾くのに、汗が冷える。
遠くの山肌が、煤けたように黒い。
木がない。草も弱い。土が、死んでいる。
「……ここ、詰んでないか?」
思わず、独り言が漏れた。
クレアが即座に頷く。
「詰んでますね、アル様」
「即答しないで」
僕は乾いた笑いをこぼす。
笑ってないと、たぶん本当に折れる。
でも同時に、頭のどこかが“工程表”を引き始めていた。
最悪の条件。
だからこそ、やり方次第で伸びしろがある。
「でもアル様、きっと大丈夫です。アル様ですから」
「それ根拠じゃないよね」
カイルが、頭痛でもこらえるみたいに額を押さえた。
「……お前たち、漫才をしている場合じゃ――」
「じゃあ、どうすればいいんです?」
クレアが言い返す。
「食べるものがない。土は死んでる。水も微妙。ここ、ほんとに詰んでます」
「……」
カイルが黙る。
黙った、ということは。
つまり本当に詰んでいる。
僕は深呼吸して、手のひらを見た。
生きるための問題は、五つ。
食料。水。燃料。衛生。拠点。
全部、今ここにない。
――だからこそ、やることは単純だ。
「ホムンクルスを出す」
カイルがぎょっとした。
「おい、今ここでか」
「見た目だけでも把握しないと、工程が組めない」
「工程ってなんだ!」
「運用です」
僕が言うと、クレアが胸を張った。
「さすがアル様です!」
「褒めないで」
意識を集中する。
――出力は、今のところスイカくらいの大きさを一体。
大きさも数も、まだ伸びない。
手のひらの前に、ぬるりと“素材”が現れた。
肉が、表面に出ている。
人の形に似せてはいない。似せたら、それだけで禁忌が濃くなる。
でも、もっと気持ち悪いのは別だ。
そこに“何も”いない。
目がないのに、見られていない。心臓がないのに、沈黙だけがある。
器だけが生成されて、中身が来ない――それが「ホムンクルス(空)」の“空”だ。
……で、魂が入っていないなら。
僕の感想は、わりと軽い。
肉を出してるだけ。
だったら――まあ、別にいっか。
形態については、手足付けるか付けないかは選べるようだな。
今回は、手足なしで丸っとした謎の肉の塊。
ただ、それでも。
生々しい。
クレアが一歩引いて、次の瞬間には前に出た。
「……アル様。これ、食べられそうですね」
カイルが顔をしかめる。
「見ろ、やっぱり不浄だ。こんなもの――」
「でも、これしかない」
僕は言った。
「生きる手段がそれしかない状況を、神官たちが作った。なら僕は、生きるために使うだけです」
カイルが、言葉を失った。
クレアが、僕の袖を握る。
「アル様。生きましょう」
「うん。生きる」
僕は、辺境の死んだ土を見下ろした。
――ここを、工程で“回す”。
それが僕の、生存だ。




