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第二十五話 夕立が上がったら

第二十五話を投稿します!!よろしくお願いします!!



その日は非常に蒸し暑い日だった。

無限に続く曇天とうずたかく纏まった積乱雲がモヤモヤとした嫌な空気を醸していた。まるで最近の部室みたいだと優依は思った。


(また喧嘩してるなぁ……)


手元には『便利屋ユイ』のチラシの案。

「陽一、アンタそんな小学生みたいなチラシでいいと思ってんの?」

「智花、お前の十倍は書いたね。俺は」


「あのねぇ、『何でも解決します!!』を赤字で三回書いただけのやつを案とは言わないのよ。これ以上燃えるゴミを増やさないでくれますか?」


「こんな何の部活だかわからない洒落たチラシ配って意味があるのか?これこそ燃えるゴミだろ」


バチ、と視線がぶつかる。

湿った空気のせいか、それとも別の理由か。部室の空気は妙に重かった。


優依は二人の間で視線を泳がせる。


「え、えっと……二人とも……?」

「優依はどう思う?」

「えっ」


最近、この二人は妙に噛み合わない。

陽一が軽口を叩けば智花が刺し返し、智花が正論を言えば陽一が不機嫌になる。

些細なことで火花が散るのだ。


そのとき、ガラガラと扉が開く音。

息を切らした女の子が入る。


「あれ!!心ちゃん……どうしたの?」

「智花さん!!陽一さん!!頼みたいことがあるんです!!」


「メンヘラサークル?……なんか地元でやってるサークルみたいな?」


「はい。そういう場所に通ってるらしく……。最近姉の様子がおかしいんです。Snsで知り合った友人に招かれてどこかへ行ってるらしくて。姉と同級生の二人しか頼れなくて……」


「警察には相談したか?」


「したんですけど、ただの集まりには事件性がないって関わってくれなくて……」


「相談できてたらこんなとこ来てないでしょ」


「あ?」


「とにかく、近所にすんでたわよね。いまから一緒に私たちと行こうか」


「ありがとうございます!!」


数十分後――。


「昔と全然変わんないわね」


古びたアパートを見上げながら、智花がぽつりと呟く。


「おじゃましまーす」


陽一が軽い調子で続いた。


案内されたのは、住宅街の外れにある古いアパートの一室だった。


メンヘラサークルへ行く時以外、霞はほとんど部屋に引きこもっているらしい。


心が緊張した手つきでドアを開ける。


「お姉ちゃん、連れてきたよ……」


しばらくして、部屋の奥から足音が近づいてきた。


ガチャ、と扉が開く。


「……二人とも久しぶりね」


霞と呼ばれた女性が姿を現す。


「そこの人は?」


「ああ、この子は高校の同級生。最近、人助けの部活を始めたの」


どうも、と返事をする優依。

「私、椎名霞といいます。そっか、智花ちゃんと陽一君の友達なのね」

応答こそ普通だった。声色も穏やかだ。だが、その姿は明らかに疲弊していた。

目の下には濃い隈。荒れた肌。手入れのされていない髪。薄暗い部屋の空気まで彼女にべったりと染みついているようだ。


優依は思わず表情を曇らせ、無意識に唯に頼ってしまう。

(唯さん、見てる?これって……)

“久遠唯“もう一人の私。唯さんは人生経験から人を見る目もしっかりしているのだ。

『ああ、見てたとも。なんだか嫌な予感がするな。観察を怠るな』


霞は少しだけ笑っている。けれど、その笑みはどこか空虚だった。


「今日はどうしたの?」

智花が心の方をちらりと見る。

「そうそう。最近ちょっと心配してたのよ。あんた全然外出なくなったって聞いたから」

「まぁ、ちょっとね。でも最近はたまに外に出るよ。」


「メンヘラサークルだっけ?行ってるのか?」口を挟む陽一。

「あ……!!」悪気のない一言に智花が一瞬ギロとにらむ。


その言葉に霞の肩がピクリと揺れた。

「……うん、変な名前だけど、皆優しいの。否定しないし、ちゃんと話聞いてくれるし……」


「その、でも、ネットで知り合った相手に依存するのって危ないんじゃない?なんというか、もうちょっと怪しんだほうが……」

智花はあくまでも言葉を選んで気遣っているつもりだが、


「依存……?怪しむ……?あの人たちを否定するの?」


「なあ。心配なんだ。幼なじみのお前が事件に絡まれて死んだら目覚めわりいだろ」

「ちょっと言い方ってもんがあるでしょ!?」


「……!!」

ガタンと椅子から立ち上がる霞。


「あなたたちは私の友達を否定するのね。もういいわ。あなたたちはもう三年もたって変わっちゃったんだ。心。この人たち帰しといて」


「あ、ちょっと姉さん!!」


バタン。ドアが閉まる音。


「えっと、姉が本当にすいません……」


「いや、別に……」


一行は出て行かざるを得なかった。

陽一と智花は終始は目を合わさなかった。


静寂が流れる。


ははは、と陽一が笑い始める。


「マジになってもしょうがないな。こんなこともあるよ。」

「……こんなこともあるよ?何ヘラヘラしてんのよ。アンタが余計なこと言ったせいで怒っちゃったじゃない」


「は?お前だって霞の機嫌損ねること言っただろ!!」


はぁ、と智花がため息をつく。

「じゃあもう終わりね。私たち。アンタなんかがいたら邪魔でかなわないから」


「それはこっちの台詞だよ、ばーか!!」

それ以上智花は何も言い返さない。二人、別々の方向へ去ってしまう。


ザアアアアアアア……

優依はただ夕立の中、ただ取り残されるばかりであった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――


駅前、雨はさらに勢いを増している。

ネオンがギラギラとする雑踏で霞はただ歩を進める。

『なあ、心配なんだ』『危ないんじゃないかしら……』

ふと二人の言葉が頭によぎる。

もう忘れよう。二人はもう昔の二人じゃないんだ。

……あの高校の制服を見るたび私はおいて行かれる気がした。

霞はとある雑居ビルの元にたどり着いた。

カラオケ店と消費者金融の間に挟まれたタバコの匂いが染みつく階段を上り、ドアを開く。

「シーナです」

ハンドルネームを口にする霞。

「シーナちゃん、待ってたよ。この子、新入りの9オンスちゃん」

どうも、と頭を下げる霞。

紙袋を被った少女が目の前に居る。顔も見せられないほど醜いのだろうか。そう。ここにはそういう社会のはぐれ者しかいない。その空気が心地いいのだ。


私は今日もここで空虚な時間を過ごす。誰の邪魔も入らない。


「はい、今日は重大なことするよー、全員」

「――保険証出せ。スマホもだ」サークルリーダーの顔が一変した。


一瞬だけ部屋が静かになった。


一方、

「サンキューな!!今度ジュースおごってやるから!!」

幼い頃からこの辺に住んでた陽一にとって、顔も広いし、駅前は庭みたいなものだ。

情報を頼りに雑踏をひたすら走る陽一。目的のビルが見えてくる。


「着いた……!!」

ガチャアン!!とドアを開ける。そこに居たのは、智花だった。


「……なんでいんだよ」

「こっちの台詞」

智花の画面に映る霞のSNSには「助けて」の文字。


道路の向こうを白いワンボックスカーが抜けていく。


「ち、逃がしちまったか……」


止めてあるバイクに無造作に乗る智花。ヘルメットを無造作に投げる。

「乗れば?」


陽一は投げられたヘルメットを乱暴に受け取る。

「お前、免許なんか持ってたのかよ……」

「アンタが知らないだけ」

キックと同時にエンジンが唸る。ブウウウウウン…… 夕暮れの住宅街に低い駆動音が響いた。

「……飛ばすなよ」 「善処する」

陽一が後ろへ跨がった瞬間、バイクが勢いよく走り出す。

「うおっ!?」

雨上がりの道路をタイヤが滑るように駆け抜ける。

ネオンが濡れたアスファルトへ反射し、風が制服を激しくはためかせた。

「……西口のほうへ向かってるわね」


エンジン音が道へ響く。


薄暗い通路。 コンクリートの壁には黒ずんだ雨染みが広がっている。遠くから誰かの笑い声が聞こえた。

「シーナちゃん、悪いけどこの箱向こう運んどいてー」

「あ、はい……」 霞は小さく頷く。

9オンスちゃんは無言のまま後ろをついてくる。

ここはおそらく反社会組織の下っ端の待機場所、目に映るのは、古いソファに家電やコンビニ弁当の袋。工場の中は思っていたより生活感がある。

「……よいしょ」

物資を運び終わると、霞は周囲を確認した。 誰もいない。服の袖の奥へ手を滑り込ませる。


冷たい感触を探し当てる。

「あった……」

霞は隠し持っていたもう一台のスマホを取り出す。

画面をつけると、通知が何件も溜まっていた。

『お姉ちゃん、今どこ?』 『お願いだから返事して』 『心配してる』

妹からのメッセージに返信を打つと、知り合いにもできるだけSOSを送る。

急げ、急げ。取り返しがつかなくなる前に。霞はそう思った。


そのとき、

「……何してんの?」

ビクッ、と肩が跳ねる。 後ろには男が立っていた。 さっきまで笑っていたはずなのに、今は表情が消えている。

「え……いや、これは……」


「よこせ」 男が霞のスマホへ手を伸ばす。

その瞬間――。

ドゴォォンッッ!!!

爆音。 工場全体が揺れた。

鉄製シャッターがひしゃげ、火花を散らす。悲鳴。怒号。粉塵。

ヘッドライトが暗い工場内を真っ白に切り裂いた。

「な、なんだァ!?」

突っ込んできたバイクが横滑りしながら急停止する。 タイヤの焼ける臭い。 舞い上がる砂埃。 ヘルメットを脱いだ智花が、険しい目で周囲を睨んだ。

「……見つけた」 「テメェら誰だ!!」

半グレたちが一斉に動く。 智花はアクセルを吹かした。

ブォンッ!!

「陽一!!」 「おう!!」

裏手の扉が勢いよく開く。 バットを持った陽一が飛び込んできた。

「霞!!逃げるぞ!!」 「え……!?」

男が掴みかけていた霞の腕を、陽一が強引に引っ張る。

「待っ――」 バキィ!!

振り下ろされたパイプをバットで弾き飛ばす。

「陽一、乗れ!!」「おう!!」

二人の声が重なる。 喧嘩していた空気など最初から存在しなかったみたいに、動きだけが噛み合っていた。 智花がバイクで突っ込み、進路を塞ぐ。 陽一がその隙に霞を引っ張る。

「で、でも9オンスちゃんが――」

紙袋の少女は、霞が見たときは姿を消していた。

「どうにか逃げれてるといいけど……」


「今だ智花!!出せ!!」

「振り落とされないでよ!!」


ブウウウウン!!!

海沿いの道を駆け抜ける。ネオンが後ろに流れていく。

しかし後ろには車、車車の猛追。

「おいおい、とんでもねえ数だぞ……!?」


「スマホに保険証……大丈夫かなあ……」

「それは落ち着いてから考えても遅くないわ」


「てか、三人乗りって違反じゃ……」

「死ぬよりはましだろ!!」


「交番、後どれくらいだ?」

「ここ抜けたらすぐよ!!」


ギギィッ!!

白いワンボックスカーが真横に幅寄せする。トラックが横道から、前方に割り込む。

トラックがスピードを落としていく。



右は断崖絶壁。左は白いワンボックスカー。

そして後ろには殺到する車、バイク。減速してくる前のトラックが逃げ場を詰めていく。


「……智花!!まずいぞ!!」

「今考えてる!!」


そのとき、ビュウウウウウウ!!!

「あ!?うぉっ!!」

強烈な横風にあおられるトラック。車体がが大きく横にぶれる。

ガシャアアアアアアン!!!

そして白いワンボックスカーの前に荷台を転倒させる。


「智花!!」

「わかってるわ!!」


智花はアクセルを全開にした。ブウウウウウウウウウン!!!!

その隙間をバイクが駆け抜けていった。


「9オンスちゃん……?」

海の向こうに人影が見えたような気がした。だが、気のせいと思うことにした。


トラックの横転で後ろは大パニック。

「あれじゃ当分は追って来れないわね」

「交番が見えてきました!!」

「ということは……」

「逃げきったわ」


「よっしゃああああああああああ!!!!」


三人は交番に駆け込む。警察官は驚いていたが、

「……三人乗りの事情はあとで聞く。とりあえずお前ら中に入れ」


サイレンの音が鳴り響く。長いこと拘留されていたがようやく帰してもらえた。どうにか三人は難を逃れたらしい。


「霞ちゃんといったか?これ、スマホと保険証な」

「ありがとうございます」

「褒められるようなことじゃないが、危険な組織のところに助けに来てくれるなんて、なかなかできないことだ。友達を大事にな」

「はい!!!」


智花達の騒ぎに乗じた何者かのおかげで、指名手配されていた半グレ達は全員縛り上げられていた。隠されていた身分証明書やスマホまでまとめて置かれていたらしく、警察は大騒ぎだったらしい。


交番を出て少しの間、静寂が走る。それを割るように智花が口を開いた。


「……まあでも私だけじゃ、ああは上手くいかないわね。それは確か」

「俺こそ、智花のバイクがなかったら絶対たどり着けなかったし!!」


「やっぱ二人は昔から変わんないね」


「まあな」「そうかも」


照れくさそうに二人はそっぽを向く。


糸瀬優依はその様子を遠くから見ていた。手には紙袋を持っている。

(やった!!作戦成功ですね。唯さん!!)

『昔から強かったんだな。二人は』

(どうしたんですか?)

『いや。なんでもない。それにしても9オンスってなんだよ』

(ユイだったらばれそうだったので、久遠の方をお借りしました)

『……9オンで久遠ってか、バレなかったから良しとしよう』

(はい!!)


雨上がりの夜空、あれほどモヤモヤしていた雲は嘘みたいに晴れ、

二人の間には爽やかな夜風が吹いていた。



お読みいただきありがとうございました!!

次回もお楽しみに!!

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