第二十六話 夕焼けの二人 俺たちの学園戦争
第二十六話を投稿します。よろしくお願いします。
夕暮れの旧校舎、屋上にて。高城総馬が扉を開ける。
「なんだよ……」
黒田武は一人でタバコを吸っていた。
「夏休みなのに朝から学校とは熱心だな」
「笑えよ。ここには今や俺しかいねえ。どれもこれも、『便利屋ユイ』とかいう馬鹿げた集団のせいさ」
「……タバコは体に悪いぞ」
「そこは会長として吸ってることを叱るべきだろ」
「どうせ言うこときかないだろ。だからせめて長生きしろ……」
便利屋ユイとの一件以来、彼の周囲から人は消えた。
だが、それでも高城総馬だけは彼のもとへ足を運ぶ。
学校のどこかで一人になっている黒田を見つけては、短い言葉を交わす。
それは今や、高城の日課になっていた。
生徒会長として、そして昔の親友として壊れたままで終わらせたくない。
その思いだけが、今も彼をここへ向かわせている。
最近では黒田も、以前ほど刺々しくはない。
少しずつだが、彼もまた心を開き始めていた。
そのときだった。
ジリリリリリリリリリリリ!!!
火災報知器が校舎中に鳴り響いた。
二人の表情が変わる。
「っ……!!」
キッとにらみつける総馬。
「武!!お前の仕業か!?」
「だったらこんな危険な場所にいねえだろ!!火と煙は上に上がるもんだろうが!!」
「……だよな、そんな器用じゃないな」
こんな時なのにははは、と総馬は笑った。
「笑ってる場合か!!!ちっ、消化器が必要だ!!」
「下の階。理科準備室!!」
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数十分後。
「終わったな……」
二人が屋上にいたこともあり、発見が早まりどうにか消火に至った。
隣の部屋まで延焼が広まりとても危険な状態だった。
「案外ヘビーな状況だったぜ」「ははは……」
笑ってはいるが、制服は煙臭く、額には汗がにじんでいた。
そこに、コツコツという靴の音。
歩いてきたのは、下卑たニヤケ顔を浮かべる男。
「これはこれは生徒会長様。……おやおやぁ?隣に居るお方は不良の方ですか!?」
めんどくさい人間に見られた。
「何が言いたいんだ。福田」
「……困りますよ。高城先輩。学校って、信用商売なんですから」
写真をばらまく男。
そこに写っていたのは――
中学時代。黒田と肩を組み、バイクの上で笑う総馬の姿。割れた窓ガラス。倒れた自販機。
そして、制服姿で喧嘩している写真。周囲がざわつく。
「これなんだと思います?」
「いやぁ、驚きましたよ。まさか品行方正な生徒会長様にこんな過去があっただなんて」
「人はいつからでもやり直せる。そうじゃないのか!?」
「でも世間はそれを許しますかね?」
あれを見なさい。と消火が進む校舎を指さす。
「まさか生徒会長様に放火魔のお友達がいるとはね。バレそうになったから人助けするふりなんかして」
「んだとコラ!!」
総馬は殴りかかりそうになる黒田を抑えつつ、冷静に様子を見る。
あははははははと笑う生徒会の生徒達。
どれもこれもが自分をよく思っていない連中で固められている。よくもまあ仲間をかき集めたものだ。福田はちらりと先生の方を見る。
「先生はどう思います?」
「私は今まで学校のためを思って行動してきました。放火などするはず……」
「……その通りだ」
「なら!!」
だが先生は苦しそうに目を伏せる。
「だが今、生徒会長に問題があるという噂が広まれば、学校全体に影響が出る」
福田は黙ったままニヤニヤ笑っていた。
「保護者への説明、外部への対応……このままでは収拾がつかなくなる」
「だから頼む」
先生は頭を下げた。
「生徒会長を降りてくれないか」
「……分かりました」
学校のためとは言いつつ、保身のことばかりだ。総馬は彼らを見てそう思った
総馬は苦虫をかみしめたような顔でその場を後にしていった、
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夕焼けが差す。小さな公園の片隅で総馬はブランコに揺られていた。
「ここに居たのか……総馬」
「武か……警察に捕まったんじゃないのか?」
「もみ消したそうだ。ボヤ騒ぎだったしな。俺は長いこと叱られただけで済んだよ」
「どこまでも腐ってるな、学校は」
「真面目にやってきたつもりだったんだがな。学校のために動いて、生徒のために頭下げて、最後はこのザマか」
実際、黒田が今も学校にいられたのは、総馬の尽力が大きい。問題を起こすたびに頭を下げ教師達を説得し、退学処分を食い止め続けてきた。
それでも最後に切り捨てられたのは黒田ではなく、総馬の方だった。
「やっぱ俺、向いてなかったのかな、真面目ぶるのとかさ。」
「……結局人って変われないんだ。やるだけ無駄だったのかもな、ははは」
バキッ!!
拳が頬にめり込んだ。
「お前らしくねえじゃねえか」
「何だよ」
「一度言ったこと曲げてんじゃねえよ!!」
「お前言ってたよな!!ダセぇ大人にはならねえって!!お前まで腐るのかよ!!」
総馬は黙っていたが、口を開いた。
「……この公園、覚えてるか?」
「あ?」
「中学の頃、小関ってやついたろ?あの小物の」
「ああ?」
「昔、あいつらによくここで囲まれててさ。俺、体も小さかったから」
「……そんなこともあったかもな」
「お前が助けに来てくれてさ、あのときのお前。すげえ怖かったよ、でも、真っ直ぐで……」
バキッ!!
総馬の拳が頬にぶつかる。
総馬の声が震えていた。
「お前こそ、何で……弱い奴に手出したりするようになっちまったんだ!!」
黒田は血を拭い、ぺっと血の塊を吐き出す。
そして、ドカッ!!!
黒田の渾身のストレートが脇に入る。
「……てめぇこそ!!」
「俺をおいて偉くなんかなりやがって!!お前が俺を先に捨てたんだろうが!!」
静寂が流れる。
「武……」
そこへ一人の影。
「高城君!!学校が大変なんだ!!」
「先生……!?」
「二人が逮捕されたっていう噂が流れて、学校は大混乱だ、頼む。頼れるのはもう君たちしかいない、この騒動を止めてくれ!!」
その言葉に、総馬は逡巡した。
「……俺はもう」
生徒会長じゃありませんよ。そう言おうとした。でも、さっきの言葉を思い出す。
そうだ、俺のやるべきことは、この状況に冷笑することなんかじゃない。
「仕方ないですね」
「本当か!!」
「おい、行くのか?」
「ああ。俺は俺の信念を貫く。たとえ見捨てられたとしてもな」
黒田はしばらく黙ったまま、夕焼け空を見上げていた。
やがて、ふっと口元を歪める。
「ははっ、やるじゃねえか」
そして乱暴に頭を掻きながら言った。
「俺も連れてけ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ワアアアアアア!!!!
「ぶっ潰せ!!」「死ねぇ!!」
怒号飛びかい、血が飛び散る校庭。学校は戦場と化していた。
「こりゃすげえな……」
転がる鉄パイプや倒れている人間を見て、黒田はつぶやいた。
総馬は騒乱の中心を見据える。すぅうううううと息を吸い。
「騒ぎを止めろ!!俺はここに居るぞ!!」
腹の底から響く怒声。
一瞬場が静まる。
「高城と黒田だ……」「捕まったってのはデマだったのか……?」
喧嘩は収まったように思えた。
だが、誰かがつぶやいた。
「じゃあ、あいつら殺ったら一番じゃねえか……」
その一言から、混沌が生まれる。
誰かが走り出した。それにつられるように別の誰かが走り出す。
その動きはさらに苛烈を増していく。
ワアアアアアアアアアアア!!!!
火は再び起こってしまった。
「やっぱこうなんのかよ」
黒田はケラケラ笑っている。
「いけるか?」一方はネクタイを緩める。
「当たり前だ」もう一方は上着を投げ捨てる。
金属バットが風を裂く。
「死ねやぁ!!」
ガンッ!!
「がっ……!?」
「おせえ」
黒田が吐き捨てる。
同時に横から飛び込んできた男を総馬が投げ飛ばす。
「ふん」
「腕は鈍っちゃいねえようだな」
「まあな」
「高城ぶっ倒せ!!」
「黒田殺れぇ!!」
次々と人影が押し寄せる。
「ちっ、キリがねえ……!」
黒田が蹴り飛ばし、総馬が投げ飛ばす。
だが一人倒しても、すぐ別の誰かが飛び込んでくる。
完全に理性が吹き飛んでいた。
誰かが椅子を投げる。窓ガラスが割れる。
その騒動の中から、一人の男が高台から見下ろしている。
「俺、覚えてますか?昔ボコにされたモンなんすけど!!」
「小関……!!」
「あ!!ようやく名前言ってくれましたね。誰の名前も覚えない黒田サンが」
「福田の差し金か!!」
その名前を聞いた瞬間、小関は一度きょとんとした顔になる。
「福田?」
福田という言葉を聞いて少し考えたあと、
「あー、あいつか」
やがて思い出したかのように吹き出した。まるでどうでもいい名前を思い出したかのような反応。
「おい。出せ」
後ろに居た不良たちがニヤニヤ笑いながら何かを引きずってくる。
ドサッ、
「福田!!」
床を転がった福田は、もはや原型を留めていなかった。腫れ上がった顔。裂けた唇。制服は脱がされ、辱めを受けていた。
「社会の……ゴミ共が……」
ガスッ!!ガスッ!!と足蹴にしながら、笑う小関。
「写真ちらつかせて“高城を引きずり下ろせ”っていったら、嬉々として動き始めたんすよ」
「でも所詮は小物なんすわ。人をはめる覚悟もねえくせに悪ぶってんだから笑えるよなぁ?」
ニヤリと口角が上がる。
「っつーわけで、アンタらの時代、もう終わりなんすわ」
「殺れぇ!!」
勢いはさらに激しくなる。別方向から椅子が飛ぶ。
前方には人、人、人。完全に包囲されつつあった。
「ははは!!どうした黒田サン!!昔みたいに暴れてみろよ!!」
高台の上で小関が笑う。その背後にも、まだ無数の不良たちが控えていた。
黒田は血を吐き捨てながら低く笑う。
「……総馬」
「ああ」
二人とも理解していた。このままでは、じり貧だ。
その時、校門の方から何かが近づいてくる。。
「何だこいつら!?」
校門の方から何かが近づいてくる。
バタバタバタバタッ!!
次々と現れる武装した一般生徒たち。
モップや竹刀を手にしている者までいる。
小関が目を見開く。
「な、なんだお前ら……!?」
「俺たちで学校を守るぞ!!!」
先頭に立った誰かが言った。
「「「おおおおおおおおお!!!!」」」
一気に空気が変わった。
「高城先輩に任せっきりで終われるか!!」
「これ以上めちゃくちゃにしてたまるか!!」
生徒達は走り出した。孤立している二人の元へ。
そして、この騒動を終わらせるために。
「……お前の正義は無駄じゃなかったってことだな」
「ははは……そのようだ」
この騒動に便利屋ユイもまた参加していた。
糸瀬優依は精神を集中させ、“久遠唯”に接続する。
(唯さん!!)
『分かっている。この乱戦なら使ってもバレなさそうだぞ』
(やりすぎないように……)
迫り来る軍勢に、優依はふぅうううと、息を吹きかけた。
「え、風強……!!うわああああああ!!!」
ドオオオオオオオオオオオ!!!!
突如、校庭を突風が駆け抜ける。砂埃が舞い、押し寄せていた隊列が大きく崩れた。
「ぐっ!?」
「前見えねえ!?」
「何だこれ!!」
フェンスに激突する者。植え込みに突っ込む者。仲間同士でぶつかり、そのまま折り重なる者。校庭は一瞬で地獄絵図になっていた。
「捕まって!!」智花の声が響く。
ブウウウウウウウン!!!
校庭をバイクが横切る。
「陽一!!」「おう!!」
後部座席の陽一が木刀を振るう。
「道空けろおおおおおおおおおお!!!!!」
ガンッ!!不良の手から鉄パイプが弾き飛ばされた。
後ろから生徒が追随してくる。
総馬の前にキッとバイクが止まった。
「便利屋……お前達も居たのか」
「私たちにも学校守らせてください」
ハンドルを握ったまま智花が笑う。
「そうだぜ!?生徒会長様だけに任せられっかよ!!」
そこに木刀を装備した真白率いる部隊が追いつく。
「後続、追いつきました!!他の部隊も続々と集まっています!!」
その時だった。真白の視線が、黒田で止まる。
「……っ」
顔が強張る。無理もない。かつて、自分をいじめていた相手だ。
一方の黒田も、言葉を失っていた。
「……真白か」
真白は震える手で木刀を握り直す。
「怖いです、でも、今はそんなこと言ってる場合じゃありません」
「ここは力を合わせる時です!!」
黒田はしばらく黙ったあと、前を向き直る。
「ああ、そうだな……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
校庭は不良たちで埋め尽くされていた。
怒号が飛び交い、あちこちで殴り合いが起きている。その混沌の中心で、総馬と黒田は背中を預け合うように戦っていた。
総馬たちとの合流後、生徒側は校庭中央に細い戦線を形成した。
左右から不良たちに圧迫されながらも、マットや机など、即席の盾を持った部隊がラインを維持し、後方では消火器や投網による支援、救護や物資搬入が続けられる。
「前線下がるな!!」
「怪我人こっち運べ!!」
「バケツ!!水足りねぇ!!」
人々が連携し合い、一つの生き物のように物資が、情報が、戦力が動いていく。
「くっそ、パンピーのくせに……!!」
不良達は想像以上に苦戦していた。黒田や総馬を狙うが、どうにも突破できない。
その理由は単純明快。
自分勝手に暴れている烏合の衆と、この騒動を止めるため一つの意思で動く集団。
どちらが強いかは言うまでも無い。
「左押されてます!!」
真白が叫ぶ。
ブオオオオオン!!!
バイクが急旋回し、不良たちの横列へ突っ込む。
「うおっ!?」
「ひるむな!!押し返せ!!」
その隙に一般生徒たちが一気に前へ出る。
「今だ!!」
「ライン上げろぉぉぉぉ!!」
押されていた戦線が、わずかに前進する。
その光景を見ながら、総馬は目の前の不良を投げ飛ばした。
「……すごいな」
「あなたがやってきたことですよ」
智花は汗を拭いながら言う。
「みんな、ちゃんと見てたんです」
総馬は目を見開く。
かつて頭を下げ続けた日々。誰にも理解されないと思っていた行動。
無駄だと思いかけていた信念。
その全てが、今この瞬間だけは確かに形になっていた。
黒田が横で笑う。
「ははっ……」
「どうやら、お前の負けだな」
「何の話だ?」
「世の中捨てたもんじゃねえって話だよ」
その時だった。
ウウウウウウーーーーー!!!
サイレンの音が校庭に響き渡る。
「やべぇ!!サツだ!!」
「逃げろ!!」
「武器捨てろ!!」
さっきまで勢いづいていた不良たちが、一斉に瓦解していく。
校庭を埋め尽くしていた怒号は、少しずつ沈静へ向かっていった。
こうして、学園戦争は幕を閉じた。
小関含む不良達は半数以上が逮捕され、黒田武もまた補導対象となった。
だが今回の鎮圧への協力を無視できる者はいなかった。
高校側は、「健全に向けた改革」を大々的に打ち出した。今までの腐敗した制度の一掃に乗りだした。戦争を経てクリーンになった高校は皮肉にも評判が良くなった。
静まりかえる職員室。
「……今回の件、本当にすまなかった」
「自分達の身のために君を切り捨ててしまった」
「全て保身に走った私たちの責任だ」
頭を下げる職員達。
「もういいですよ。今更怒鳴る気もありません」
「高城君を呼んだのは他でもない、生徒会長の復任についてだ」
「今回の件で痛感した。君がこの学校をつなぎ止めていたんだな」
「もう一度、この学校のために尽くしてはくれないだろうか」
「この通りだ」
教師達は誰も顔を上げられない。
時計の針の音がやけに大きく職員室に響いていた。
かつて総馬を切り捨てた者たちが、今は彼に縋るように頭を垂れている。
総馬はしばらく黙り込み、やがて決心したように顔を上げた。
「……いいですよ」
教師達の顔が上がる。
「その代わり、条件があります」
数十分後。
総馬が屋上へ出ると。黒田がフェンスにもたれかかっていた。
「厳重注意だってさ。しぶてぇだろ?」
「タバコはもう吸わないのか?」
「まあな。今はこの景色を眺めてんだ」
「……元気でな」
黒田は去って行く。
「どこに行くんだ」
「……そりゃ、どっかだよ。お前らの知らねえとこ。仲間には愛想尽かされてあのザマだし、俺にはもう居る場所なんてねえんだ」
「あるよ。居場所なら」
総馬の手には『風紀委員』の腕章。
「人手不足なんだ」
それを見て黒田ははーっと息を吐く。
「……あのなぁ、俺は学校の膿だぜ?」
「今のお前なら大丈夫だ。必死に人を助けるお前を見てて俺はそう思った」
「人は何度でもやり直せる。そうだろう?」
その真っ直ぐなまなざしに、黒田は笑うしかなかった。
「変わってねえな。お前」
「何がだ?」
「勝手に人を信じて、勝手に背負い込んで」
「だからお前が折れそうになってんのムかついたんだよ」
風が吹き抜ける。
しばらくの沈黙の後、黒田は小さく笑った。
「……分かったよ」
夕焼け空を見上げ黒田はため息をつく。
「ったく、面倒なことになったな」
雲一つ無い夕焼け空は二人のわだかまりを溶かすように晴れ渡っていた。
続く
ここまでお読みいただきありがとうございました!!




