第二十三話 夏空と白いワンピース
第二十三話を投稿します。よろしくお願いします。
夏休みも半ば。
部活のサイトに上がっていた『謎の白い影を見た』という投稿を元に四人、
真白、智花、優依、陽一は都心から1時間ほどの山間にぽつんと佇む無人駅に来ていた。
『桜ヶ丘駅』
という古びた看板が風に軋んでいる。自分たちが住んでいる辺りでは到底見ないような無骨な鉄の看板。立っている場所が想像もつかない田舎だと言うことを実感させられた。
繁華街の喧噪から離れ、どこまでも広がる青空と風に揺れる花畑。ホームに人影もなく、蝉の鳴き声だけが静かに響いている。どこへ行っても暑さは変わらないが、時折吹く涼しい風が心地よい。
陽一はホームを歩き回りながら、空を見上げた。
「で、こんなところに怪異がでるのかよ」
「投稿の内容だとそのはずなんですけどね……誰か現地の人でも……」真白はスマホをいじりながら目的の確認をしている。
「ん?」
真白の視線には一人の少女が目につく。この辺の人だろうか。
白いワンピースに白い帽子。青空と白のコントラストが目立つ。でも、知らない女性に声をかけるのはナンパみたいで少し気が引ける。
しかし駅にはその子しかいない。真白は迷ったがしぶしぶ話しかけることにしてみた。
「あのー」
「……はい?」
「え、と、この辺で何か変なものとか見たりしませんでした?」
「変なもの?」
「えっと、不思議なものとか、幽霊とかそんな感じです」
そう言うと少女は少しだけ考えてから口を開いた。
「……私も探してるの、毎日」
「毎日?」
タタンタタンタタン……という電車の音。後ろからは陽一が走ってくる。
「おーい!!手がかり見つかったかー!!」
「そこに居た白いワンピースの女の人が……!!」
「あれ?」
謎の少女は音ともに居なくなってしまった。
「ん?誰も居ないぞ?」
真白が言うよりも早く、くるりと陽一は進行方向を変えた。
「腹減ったし智花たちと合流して飯にでもすっかー」
そのままどんどん先へ歩いて行ってしまう。それについて行く真白。だが一瞬振り返る。
「何だったんだ……?」
一方、智花は駅員室で資料をあさっていた。
「んー、怪異怪異……」
古い時刻表や新聞を机いっぱいに広げながら唸っている。
駅員のおじさんがニコニコ笑いながら奥から出てくる。
「子供たちで勉強とは熱心だね」
「はい!!この付近の歴史を探索してまして……」と智花は愛想よく答える。
歴史じゃなくて怪異でしょ……。それを見ながら心で突っ込む優依。
でも駅でお化けを調べてるなんて言えば、人身事故の噂を探ってると思われそうだし黙っておこうと思い、優依は口を噤んだ。
「ああ、そういえば」とおじさんは何かを思いついたようにつぶやいた。
「伝説というほどでもないけどね」
そう前置きすると、ぽつりぽつりとこの駅の小話を語り始めた。
「……待ち人の伝承ですか」
「うん、八〇年くらい昔にね」
「戦争に行った彼氏を長いこと待ち続けた女の子がいたらしくてね」おじさんは駅の寂れたベンチを見つめる。
「ちょうどあの辺で来る日も来る日も待っていたそうなんだ」
「その女の人は彼氏に会えたんですか?」
「うーん、昔の話だからそこまでは深く知らないんだよねー」
そこに真白と陽一が戻ってくる。
「だから居たんですって!!白いワンピースの女の人が!!」
「おお、君には見えるのか、あのご婦人が」
あれは霊感がある人には見えるみたいだよ。長いこと働いてて一度も見たことないけどね、と笑うおじさん。
真白は古いベンチへ目を向ける。
白いワンピースの少女。
『……私も探してるの、毎日』
遠くを見るような瞳。そして、あの声が反響する。
「やっぱりだ」
あれは見間違いなんかじゃなかった。
駅員室に一瞬だけ静けさが落ちる。
その空気を破るように、智花が勢いよく資料を閉じた。
。「よし!!それ、どうせなら結末まで調べましょう」
「お、名探偵智花の登場だな!!」
待ってましたとばかりにヨイショする陽一。
「茶化すな。こういう昔話って意外と記録残ってたりするのよ、駅員さん、もっと資料ありませんか?」
おじさんは少し考えてから、
「あー、一応保管してる倉庫はあるよ」ホーム脇の古い扉を指差した。
「昔の新聞とか日誌とかね。整理もされてないから見づらいけど」
「行こうぜ!」
陽一が真っ先に駆けていく。
「ちょ、埃立てないでよ!」智花が慌てて後を追った。
資料室は薄暗く、古い紙の匂いが満ちていた。棚には黄ばんだ新聞や帳簿が積み重なっている。
真白は慎重に一冊の日誌を開いた。『昭和二十年――』
かすれた文字を目で追っていく。
真白は無意識に、何度もホームの方を振り返っていた。
あの少女がまだそこに居る気がした。
そして真白はある記事の写真に目がとまる。
「この人だ。この人がさっきいたんだ!!」
真白の声に皆が顔を上げる。それは駅で撮影された一つの写真。
白いワンピースの少女と学生服を着た少年が写っていた。木崎衛二と書いてある。
それこそが少女の待ちわびる相手なのだろう。
「白い影、八〇年前、戦争……偶然でかたづけるにはできすぎてるわね」
さらに一行は黙々と資料を漁り続ける。
黄ばんだ新聞や古びた日誌が、まるで倉庫に眠っていた記憶を呼び起こすように、静かに過去を語り始める。
「これ……」やがて誰かが声を漏らす。
『復員兵、桜ヶ丘駅にて保護』戦地から戻った名前の欄に男の名前を見つけた。
青年が重傷の状態でこの駅に辿り着いたこと。
その後、病院へ搬送されたことが書かれていた。
「帰ってきてたんだ……」真白が呟く。
だが智花は首を横に振った。「でも、その後の記録がない」
「うーん、その子が毎日駅に通ってたなら、何か手がかりが……」
「せっかく来たし帰るのもなんかモヤモヤするわ……」
「そういえば戦争の慰霊碑がこの辺にあったような」
「本当ですか!?」
「でも結構この辺多いんだよねーそういうの。えっと、地図地図。」
おじさんが広げてくれた地図には慰霊碑の説明が載っていた。
地図には慰霊碑の場所を示す印が点々と並んでいた。
山の向こう、川沿い、離れた集落。
端から端まで回るだけでも、車で相当な時間がかかりそうだ。
「うわ……これじゃいつ見つかるかわかんねえな……」
陽一が苦い顔をしている。
町の中におよそ三十ほど。到底しらみつぶしにさがせるような量ではない。
一行の捜査は煮詰まってしまった。
優依は精神を研ぎ澄ませる。しばらくすると、自分にしか見えないもう一人の存在、“久遠唯”が現れる。
(ねえ、唯さん。さっきの話聞いてた?)
『まあ少しは見てたよ。うん。なるほどな。地名。地形、大体読めた。』
(嘘!!ほんとに!?)
『ふふふ、私は探偵のようなこともやっていたからな。こういうのは得意なんだ。さ、当たりをつけるぞ』
(ありがとう!!じゃあバレないように……)
「ちょっと手洗い行ってくるね」といい優依は誰にも見られないよう隠れる。
『では上空から確認するぞ』
体がふわりと軽くなる。
地面を蹴ると、轟と突風がはぜる。
空気をさらに蹴り、一気に雲の上に駆け上がる。
山。川。複雑に分かれた線路。唯は小さく笑った。
『おそらくあれが皆の探しているものだろう』
(ありがとう!!)
優依は着地すると、何事もなかったように皆の元へ戻る。
「……あれ?」陽一が首を傾げる。
「優依どこ行ってたんだ?」
「え、えっと……ちょっと向こう見てただけ」優依は誤魔化すように笑う。
言えない。絶対に言えない。私だけ都市伝説の力を借りて超能力を使って解決してましただなんて。それをしたら私の慎ましい生活は確実に終わる。このキャラを確実に維持しなければ……。
未だに智花は地図を睨んだまま唸っていた。
「それにしてもお腹すいたね」
優依は陽一に一言つぶやいた。
「あ、そうだよ!!俺たち昼飯食いにこっちに来たんだよ。飯飯!!いったん飯行こうぜ!!」
優依はスマホをいじりながら、店を探している。ドがつくほどの田舎に感じるが、一応駅前なのでポツポツと店がある。
「この辺は……さくらっていう店とか施設が多いね」
智花は書類に集中しながら答える。
「そうそう、この辺は桜ヶ丘っていう地名なのよねー。だから、桜にまつわる駅が多いの」
「桜ヶ丘駅、桜坂駅、東桜台駅……紛らわしいんだよなーこの辺、おかげで遅刻しちまったぜ」
「……ん?」
智花はとある一枚の記事を手に固まる。
「この新聞、“桜ヶ丘駅で保護”って書いてある」
「だからここだろ?」
「いや、おかしい。明らかに周りの風景が違うわ……」
「あ、本当だ!!」
真白が記事を覗き込む。
写真の駅は、斜面を切り開くように高台へ作られていた。ホームの向こうには川も見えない。
だがこの駅は違う。すぐ横を川が流れ、周囲は平地だ。
「そういえば、この辺昔は“桜ヶ丘駅”って名前の駅がやたら多かったらしいんだ」
駅員のおじさんが地図を覗き込みながら笑う。
「路線ごとに勝手につけてた時代があって。あとで紛らわしいってんで名前変わったんだけど」
まだ見習いの頃、先輩のじいさん駅員がそんなことを言っていたっけと懐かしそうに目を細めた。
智花は新聞写真をもう一度見つめる。
斜面を切り開くような高台の駅。
川の姿は無い。
一方、この駅のすぐ横には川が流れている。
「……この写真の駅、地形が一致しない」
智花の指が地図の一点で止まった。
「この高台……地形的に合うのは向こうの東桜台駅だけ」
「じゃあこの“木崎衛二”さんは……」
真白がつばを飲む。
「“もう一つの桜ヶ丘駅”つまり今の東桜台駅に行って、搬送先の病院で亡くなった……そう考えるのが一番自然ね」
「すげぇ!!マジで名探偵じゃん!!」
智花は得意げに鼻を鳴らした。
「よし。じゃあそこの近くの慰霊碑に行ってみるわよ」
「おう!!」
その慰霊碑は同じ地名由来の駅が近くにあったということもあり、たどり着くのにそう時間はかからなかった。
「あった!!」
多くの人の名前が刻まれている慰霊碑の中に、“木崎衛二“の名前があった。
ふと真白は木の陰にある何かに気づく。
木の根元に、ぽつんと小さな髪留めが落ちていた。
土に埋もれていたのは、ひどく錆びた髪留めだった。
花の形だったのだろう。
鉄は赤黒く変色し、飾りの大半は朽ちている。
けれどわずかに残った模様が夕日の中でかすかに光ったそれが、彼女の写真とフラッシュバックした。
「……これ」
智花が息をのむ。
さらさら……と風が吹きぬけた。木々が静かに揺れる。
優依にはそれが相槌を打つかのように思えた。
「あの人の……かな」
真白は髪留めを見つめたまま頷く。
「帰りましょう」
智花の声に、一同は駅へ戻り始めた。
帰り道、真白はずっと古びた髪留めを握っていた。
夕暮れの無人駅は静かだった。
ホームには誰も居ない。
赤く染まった線路だけが遠くへ伸びている。
真白はあの古いベンチの前で立ち止まった。
真白はそっと、
髪留めをベンチの上へ置いた。
その瞬間だった。
カタン、と古びたベンチが鳴った。
真白が顔を上げる。ホームの向こう。
白いワンピースの少女が立っていた。
夕日の中で、透けるように淡く揺れている。
その少女は穏やかな顔をしていた。
少女の視線が、
ベンチの上の古びた髪留めへ落ちる。
長年の雨風で腐食しもう原型をなしていないそれ。
しかし少女はゆっくりと近づき、大事そうに両手で包み込む。
少女は静かにつぶやいた。
「ちゃんと、帰ってきてたんですね……あの人は……」
タタン……タタン……
ホームに電車の通過音が響く。
強い風が吹き抜け、
皆が思わず目を閉じる。
次に目を開けた時。
少女の姿はもう無かった。
ただ、
夕焼けだけが静かにホームを染めていた。
しばらく誰も喋らない。
やがて陽一が、ぽつりと呟いた。
「……行っちまったのか」
真白が小さく頷く。
優依はしばらく線路の向こうを見つめていた。
さっきまで感じていた胸の重さが、
少しだけ消えている気がした。
その時だった。
電車がホームを通り過ぎる一瞬、見た気がした。
窓際に座る軍服姿の青年と、
その隣で笑う白いワンピースの少女を。
続く
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