五、夢じゃないかも…。
五、夢じゃないかも…。
緒作は、カッと目を見開いた。そして、起き上がるなり、周囲を見回した。程無くして、夕焼け色に染まる景色を視認した。
不意に、「あ、お気付きになられたみたいですね」と、背後から、聞き覚えの有るような無いような女性の声が聞こえて来た。
緒作は、徐に、振り返った。程無くして、巫女が、視界に入った。そして、「僕を介抱してくれて居たのでしょうか?」と、尋ねた。どういう状況なのか、巫女ならば、知っていると思ったからだ。
「私も、通路の騒霊の御祓いをして居た筈なのでしたが、何故か、通路に…」と、巫女も、表情を曇らせた。
「もしかしてですが、茶色い背広の会社員の霊ですか?」と、緒作は、尋ねた。夜な夜な出て、徘徊する噂を、何処かで聞いた気がしたからだ。
「ええ。大家様から御依頼を承りました」と、巫女が、冴えない表情で、回答した。そして、「蛸顔の達磨のような騒霊でしたわね。かなり凶暴な霊でしたけど、何とか、退治する事が出来ましたわ」と、巫女が、語った。
「蛸顔の達磨?」と、緒作は、小首を傾いだ。あまり、印象に残っていないからだ。
そこへ、「巫女様、緒作さん!」と、右手の方から、灰吉の声がした。
緒作は、その方を見やり、「灰吉さん…うっ!」と、顔を顰めた。灰吉が、何者かに倒された光景が、浮かんだからだ。
「緒作さん、どうかなされましたか!」と、灰吉が、駆け寄って来た。
「まだ、気分が優れないようですね」と、巫女が、気遣った。
「いや、灰吉さんが、張り倒される場面が、浮かんだもので…」と、緒作は、口にした。そして、「夢かも知れないが…」と、補足した。生々しいが、状況からして、夢でしかないからだ。
「私も、ここで、何者かに、張り倒された夢を見ましたねぇ。巫女様に、管理人室で起こされる前は…。あれは、妙に、現実でしたねぇ〜」と、灰吉が、左の頬を撫でながら、語った。そして、「緒作さん、よく、私の夢の内容をご存知ですねぇ」と、感心した。
「ええ!」と、緒作は、驚きの声を発した。まさか、内容が、一致しているとは、思ってなかったからだ。
「そう言えば、巫女様が、蛸顔の達磨みたいな野郎と、この辺りの部屋で、チャンバラみたいな事をして居たような…」と、灰吉が、眉間に皺を寄せた。
「そう言えば…」と、巫女も、息を呑んだ。そして、「蛸顔の達磨に、頭をかち割られたような気もしますわね…」と、言葉を発した。
その瞬間、緒作は、両目を見開くなり、「夢じゃないかも…」と、身震いした。何者かに、記憶を操作されているかも知れないからだ。
「ははは。緒作さん、考え過ぎですよ!」と、灰吉が、あっけらかんと言った。
「そうですわ。偶然が、重なっただけですわ」と、巫女も、口添えした。
「巫女様、お茶のご用意が出来てますので、参りましょう」と、灰吉が、にこやかに告げた。
「では、御言葉に甘えて」と、巫女が、応じた。
「緒作さんも、ご一緒に、どうぞ」と、灰吉が、誘った。そして、踵を返した。
少し後れて、巫女も、続いた。
「う〜ん」と、緒作は、険しい顔をした。偶然では、片付けられない気がするからだ。そして、「これ以上は…」と、思い返すのを止めた。はっきりさせるのは、ヤバそうな気がするからだ。
「緒作さん、早く乗って下さい! 先に、下りますよ!」と、灰吉が、急かした。
「はーい!」と、緒作は、小走りに向かうのだった。




