三、事故物件
三、事故物件
緒作達は、六階で、エレベーターが停まり、扉が開くと同時に、通路へ出た。そして、勢いそのままに、614号室の扉の前まで、歩を進めた。
「では、開けますよ…」と、灰吉が、万能鍵を鍵穴へ差し込んだ。程無くして、「そんな筈は!」と、口にした。
「どうしたのですか?」と、緒作は、尋ねた。異変のような物言いだからだ。
「鍵が掛けられていないんですよ…」と、灰吉が、返答をした。
「うっかり、閉め忘れたとか…」と、緒作は、可能性を述べた。うっかりとも考えられるからだ。
「騒霊が、中から開ける事もございますわ。私が、中で、祓い清めますので、御二方は、管理人室へ戻って居て下さい」と、巫女が、口を挟んだ。
「そうですね。緒作さん、管理人室へ移動しましょう」と、灰吉が、提言した。
「そうですね」と、緒作も、賛同した。人払いを告げるのは、かなりヤバそうな騒霊だと考えられるからだ。
間も無く、巫女が、室内へ踏み込むなり、扉を閉めて、施錠した。
緖作と灰吉は、踵を返した。そして、エレベーターに乗った。
少しして、エレベーターが、下り始めた。
「灰吉さん、事故物件の件を、もう少し、詳しく話して下さいよ」と、緒作は、迫った。場合によっては、転居しなければならないからだ。
「私も、詳しい話は聞いて居ませんので、何とも…」と、灰吉が、渋い表情で、口ごもった。
「まさか、昨日の奴が…」と、緒作は、身震いした。生前やり残した仕事を達成する為に、取り憑かれたかも知れないからだ。
「誰が呼んだのかは、分かりませんけど、これで、解決ですよ」と、灰吉が、あっけらかんと言った。
「他人事だと思って…」と、緒作は、溜め息を吐いた。
間も無く、一階に、到着した。
「緒作さん、管理人室のお留守番をお願い出来ますか?」と、灰吉が、依頼した。
「良いですよ」と、緒作は、快諾した。どうせ、住人以外は、来ないだろうからだ。そして、「どちらへ?」と、尋ねた。用件くらいは、知っておきたいからだ。
「破解石の和菓子と亜慢堂の洋菓子を、巫女さんに、御馳走したいと思いましてね」と、灰吉が、考えを述べた。
「分かりました。じゃあ、巫女さんを引き留めておきます」と、緒作は、承知した。巫女からも、事故物件の様子を聞かせて貰いたいからだ。
二人は、エレベーターを下りるなり、別れた。
緒作は、管理人室へ入った。そして、窓口の席に着いた。
その直後、「緒作さん!」と、男の声がした。
その刹那、「うわっ!」と、緒作は、驚きの声を発した。不意を突かれたからだ。そして、窓口を見やり、茶柱の顔が、視界に入った。その瞬間、「昨日の…」と、安堵した。知った顔だからだ。
「モーフォッフォッ。びっくりさせちゃいましたね〜」と、茶柱が、おどけた。
「急にですからね…」と、緒作は、憮然となった。おちょくられているような感じだからだ。そして、「僕は、留守番なので、用件を伝える事しか出来ませんよ」と、淡々と告げた。
「そうですか。ひょっとして、巫女さんが、来てませんでしたか?」と、茶柱が、尋ねた。
「ええ。今、御祓いをやって居ますよ」と、緒作は、何食わぬ顔で、返答した。そして、「緒作さんが、お呼びになられたんでしょう?」と、問い返した。茶柱以外に、部屋へ出入りしている者は、居ないからだ。
「間に合えば良いんですが…」と、茶柱が、眉根を寄せた。
「どう言う意味ですか?」と、緒作は、訝しがった。ヤバそうな口振りだからだ。
「いえ。私の独り言ですので…」と、茶柱が、言葉を濁した。
「お隣同士ですし、助け合いましょうよ」と、緒作は、申し出た。隣室で、何が起きているのか、把握しておきたいからだ。
「しかし…」と、茶柱が、躊躇った。
「巫女さんを助けるのでしたら、手を貸しますよ!」と、緒作は、力強く志願した。人助けに、遠慮は要らないからだ。
「じゃあ、お電話を貸して頂けますか?」と、茶柱が、伺った。
「構いませんよ」と、緒作は、快諾した。そして、窓口の方へ、黄色いダイヤル式の電話を差し出した。
「緒作さん、ちょっと、後ろを向いて、席を外して頂けませんか?」と、茶柱が、要請した。
「あ、ああ…」と、緒作は、承知した。あまり知られたくない所へ掛けるのだろうと察したからだ。そして、背を向けて、部屋の奥に立った。
しばらくして、扉が開いた。
その瞬間、緒作は、我に返り、咄嗟に、窓口を見やった。しかし、茶柱の姿は無かった。そして、入口へ視線を向けた。程無くして、無地の紙箱と破の文字が印字された紙袋を持っている灰吉を視認した。
「緒作さん、どうしたんですか? 電話を出しっ放しの上に、壁の方を向いたりなんかして?」と、灰吉が、怪訝な顔をした。
緒作は、事情を説明した。信じようと、信じまいと、事実だからだ。
しばらくして、「はいはい。そういう事にしておいてあげますよ。私が、戻った時には、誰も居ませんでしたので…」と、灰吉が、一笑に付した。
「くっ…!」と、緒作は、歯嚙みした。信じて貰えないのは、何だか、悔しいからだ。
「それは、そうと。巫女さんは、遅いですねぇ~」と、灰吉が、しれっと口にした。
「確かに」と、緒作も、同調した。言われてみれば、気になって来たからだ。そして、「様子を見ませんか?」と、提言した。独りでは、信じて貰えないだろうからだ。
「そうですね。緒作さんだけですと、心許無いですのでね」と、灰吉も、同意した。
間も無く、二人は、管理人室を後にするのだった。




