二、隣室は…。
二、隣室は…。
緒作は、管理費を支払いに、右手の甲で、コーポ靄島の正面玄関右奥の管理人室の扉を軽く叩いた。
間も無く、扉が開くなり、背の高い白髪の男が、ランニングシャツに、駱駝の股引という格好で、出て来た。そして、「緒作さん、わざわざ来られるなんて、珍しいですね~」と、管理人が、愛想の良い笑みを浮かべた。
「偶には、外の空気を吸いたくなったもので、散歩がてら、足を伸ばしたのですよ」と、緒作は、理由を述べた。そして、「灰吉さん。ちょっと、尋ねたいのですけど…?」と、口にした。茶柱計福について、少しでも、情報が欲しいからだ。
「どのようなご用件ですか?」と、灰吉が、眉を顰めた。
「私の隣に越して来た方についてなのですが…」と、緒作は、切り出した。個人情報に抵触するかも知れないが、気味が悪いからだ。
「緒作さん。今のところ、あなたの隣室へ、入居される方は、居りませんよ」と、溜め息を吐いた。
「いや、昨日、茶色い背広の男が、隣室へ入る音を聞いたんですよ!」と、緒作は、説明した。隣室の扉の閉まる音を耳にしているからだ。
「そんなに、仰っしゃられるのでしたら、確認に行きますか?」と、灰吉が、冴えない表情で、溜め息を吐いた。
「ええ。良いですよ!」と、緒作は、力強く頷いた。聞き間違いではないからだ。
そこへ、長い黒髪の御祓い棒を右手に持った巫女が、やって来た。そして、「こちらで、御祓いをして欲しいと頼まれたのですが…」と、用件を告げた。
「え? そのような話は、ちょっと…」と、灰吉が、眉間に皺を寄せた。
「こちらは、靄島コーポ様ですよね?」と、巫女が、確認するように、尋ねた。
「はい。そうですが…」と、灰吉が、頷いた。そして、「もしや」と、息を呑んだ。
「灰吉さん、心当たりでも?」と、緒作は、問い掛けた。理由在り物件の存在を察したからだ。
「ご案内をして頂けますか?」と、巫女が、要請した。
「そうですね。あの部屋かも知れませんね」と、灰吉が、承知した。そして、「丁度、今から、その部屋へ向かおうと思って居たところなんですよ」と、言葉を続けた。
その瞬間、「ひょっとして…」と、緒作は、顔面蒼白となった。隣室が、まさかの事故物件だからだ。そして、「だから、安かったのか…」と、納得した。築年数にしたら、極端に安いからだ。
「私も、大家からしか聞いてませんが、茶色い背広の会社員が、パワハラを苦に、首吊り自殺をしたとか…。その霊が、成仏出来ないで、地縛化して居座って居るとか…」と、灰吉が、声を震わせた。
「私の力で、昇天させられるかどうか…」と、巫女も、表情を曇らせた。
「おいおい…」と、緒作は、渋い顔をした。今になって、言われても、困りものだからだ。
「やれるだけやって下さい!」と、灰吉が、促した。
「はい」と、巫女が、冴えない表情で、返事をした。
間も無く、三人は、管理人室の向かいのエレベーターへ乗り込むのだった。




