一、茶色い背広の訪問者
一、茶色い背広の訪問者
突然、チャイムが、連打された。
「はいはい!」と、螺髪頭で、ニキビ顔の男は、愛想良く扉を開けた。次の瞬間、茶色い背広の男が、視界に入った。
「モーフォッフォッ。私、こういう者です」と、茶色い背広の男が、名刺を差し出した。
螺髪頭の男は、渋い表情で、名刺を受け取るなり、「押し売りでしたら、お断りですよ」と、つっけんどんに、言った。甘い顔をすると、何を売りつけられるか、知れたものではないからだ。
「モーフォッフォッ。ちょっとしたお願いをしたいのですよ」と、茶色い背広の男が、示唆した。
「お願い?」と、螺髪頭の男は、眉を顰めた。そして、「何だ? 言ってみろよ」と、促した。聞くくらいなら、損は無いからだ。
「実のところ、私、隣に部屋を借りまして、仕事の都合上、留守にしがちなんですよ。出来ましたら、あなたのご住所を、荷物の受け取り先として、使わせて頂きたいのですが…」と、茶色い背広の男が、申し入れた。
「う〜ん」と、螺髪頭の男は、腕を組んだ。初対面な上に、得体の知れない隣人の荷物を預かるのは、些か、気が引けるからだ。
「ただでとは言いません。私も、無理を承知で、申し入れているのです。報酬として、荷物一つにつき、これで、如何でしょうか?」と、茶色い背広の男が、右手の人差し指を立てた。
その瞬間、「馬鹿にするな!」と、螺髪頭の男は、怒鳴った。預かるだけだから、百円程度の額を提示したのだと思ったからだ。
「モーフォッフォッ。何か、勘違いをなされているようですねぇ〜」と、茶色い背広の男が、溜め息を吐いた。
「は? 勘違いだって?」と、螺髪頭の男は、訝しがった。そして、「説明しな」と、促した。
「はい。私の提示した額は、あなたの思った額の二桁多い額ですが…」と、茶色い背広の男が、眉根を寄せながら、告げた。そして、「気に入らないのでしたら、他を当たるしかありませんけど…」と、口にした。
「おいおい。預かる物にもよるが、まさか、違法な物とかじゃないだろうな?」と、螺髪頭の男は、問い質した。厄介事に巻き込まれるのは、ゴメンだからだ。
「モーフォッフォッ。安心して下さい。あなたが、約束さえ守って下されば、私が、あなたの身の安全は、保障致します。但し、あなたは、荷物の中味を見る事は、絶対に、してはいけませんよ! 私の信用にも係わりますし、あなたに、全責任を取って頂く事になりますので…」と、忠告した。
「ははは。そんな事はしませんよ〜」と、螺髪頭の男は、笑い飛ばした。他人の荷物に、興味は無いからだ。
「モーフォッフォッ。確かに、そうですね」と、茶色い背広の男も、安堵した。
「預かるのは、良いとして、あんたが、取りに来るのかい?」と、螺髪頭の男は、尋ねた。預かりっぱなしというのも、気持ちが悪いからだ。
「モーフォッフォッ。勿論、私の方から依頼主へ連絡して、取りに来させますので、安心して下さい」と、茶色い背広の男が、回答した。そして、「他に、ご質問は、ございませんか?」と、問い返した。
「本人確認的なのは?」と、螺髪頭の男は、質問した。別の者へ渡す間違いは、避けたいからだ。
「モーフォッフォッ。あなたに渡した名刺が、私のお客様の証明書です。失くしたとか、忘れたとか仰っしゃられる方には、絶対に、渡さないで下さいね。顔見知りであってもね」と、茶色い背広の男が、告げた。
「分かったよ」と、螺髪頭の男は、承知した。
「えーと。緒作さんで、宜しいでしょうか?」と、茶色い背広の男が、尋ねた。
「緒作です」と、螺髪頭の男は、すぐさま訂正した。
「これは、失礼しました。では、これにて…」と、茶色い背広の男は、踵を返した。
程無くして、緒作も、ドアを閉めた。そして、貰った名刺へ、目を通した。その瞬間、“たかるびずぃねすまん 茶柱計福”という文字を捉えた。
その直後、左隣の部屋の扉の閉じる音がするのだった。




