第2193話 過ぎ行く日々1(2)
「・・・・・・本当だったら俺も今年で卒業だったんだよな」
影人は頬杖を突きながら窓から晴れ渡った2月最後の空を見上げた。影人も留年していなければ今は3年生。卒業年度だった。だが、色々な要因が重なって影人は留年してしまった。全く以て不幸と言う他ない。
「帰城さん、そろそろ移動しないと。どうかしましたか?」
隣の席の海公が教科書とプリント、筆箱を抱えながら影人に声を掛けてくる。影人はフッと空から視線を外した。
「・・・・・・いや、別に何でもない。次の音楽の授業が面倒くさいと思っただけだ」
「帰城さんがあんまりそういう事を言わない方がいいと思いますよ。次の音楽の授業は来月卒業する先輩方に贈る歌の練習なんですから。悲しいですよ」
海公は少し複雑そうな顔で影人にそう言ってきた。海公が言った通り、次の移動教室の授業は音楽で、今の音楽の授業では卒業式に歌う歌の練習をしている。下級生が卒業生に歌を贈る。卒業式の定番中の定番だ。
「だからだよ。留年生だからこそ余計にそう言えるんだ」
影人は机の引き出しから音楽の教科書とプリントを取り出し、筆箱と一緒にそれらを持ち立ち上がった。海公が言った、影人があまりそういう事を言わない方がいいというのは、影人が留年生だからだ。留年していなければ、影人は卒業生と同じ3年生。つまりは同級生だ。同級生を祝福するための歌の練習を面倒だと言うのは如何なものか。影人が敢えてそんな事を言う必要はないのではないか。真面目で優しい海公らしい言葉だ。これも、海公なりの気遣いだろう。気遣いとは、ただ優しい言葉を相手に投げかける事だけではない。しかし、影人は海公の気遣いを分かった上でかぶりを振った。
「え、どうしてですか?」
教室の外を出た影人を海公が追う。海公は不思議そうな顔で影人にそう尋ねた。影人はもったいぶった様子もなく海公に答えを教えた。
「簡単だ。俺はあいつらに忖度する理由がない。元は同級生だしな。面倒い事は面倒いって言える。まあ、同級生関係なく言う時は言うがな。後、単純に一部の奴らを除いて祝福したくねえからだ。俺を置いてさっさと卒業していく奴らを何が悲しくて祝福しなきゃならんのだ。逆に呪ってやりたい気分だぜ。俺みたく全員留年すりゃあいい」
前髪の答えはあまりにも酷く個人的で救いようがないクズの一方的な言い分であった。もはやさすがとしか言いようがない。これぞ前髪野郎。人外のゴミである。
「・・・・・・」
人の汚い悪意をまざまざと見せつけられた海公は一瞬ドン引きしたような顔を浮かべた。だが、やがて何かに気づいたような顔になると、クスリと笑った。
「ふふっ、帰城さんの魅力は数えきれないくらいありますけど、その内の1つはきっと人間臭さですよね。帰城さんの今の言葉はきっと本心なんでしょうけど、きっとそれだけじゃない」
「? どういう意味だ?」
今度は影人が不思議そうな顔を浮かべる番だった。海公はそんな影人にこう返答した。
「無意識かもしれませんが、帰城さんは少し寂しいんだと思います。先輩たちが、帰城さんの同級生だった方たちが卒業していく事が」
「いや、それはないぞ春野。強がりだとか認めたくないとかじゃない。マジでだ」
影人は海公の指摘を真顔で強く否定した。だが、海公はどこか穏やかな顔で影人に質問した。
「じゃあ、何で帰城さんはさっき自分を置いてなんて言ったんですか? 本当に寂しさを感じてない人間はそんな表現はしないと思いますけど」
「っ、それは・・・・・・適当に、考えて話してなかったからだ」
「でも、心は言葉の端々に表れるものですよね。考えて話してなかったら尚更。だから、僕は言ったんです。無意識かもしれないって」
「・・・・・・」
海公のその言葉に影人は反論出来なかった。海公の言葉は間違っていないと思ってしまったからだ。




