十八話・虚無の王
【T市・マインドウォーカー支部・洋館救護室】
「………。」
教会から襲撃を受けて3日が経とうとしていたある日、影山は目を開ける。
窓から陽の光が部屋に差し込むと、影山はベッドから上半身を起き上がらせて壁にかかる古びた時計に目を通す。
「…朝か。って俺…気を失ってたのか。」
影山は神代とのあの戦闘を思い返す。
(今思い返すと、あの人に勝てるわけないんだよな…。)
「はぁ…。」
(結局勝てなかった…チャンスをくれたはずなのに…クソ…。)
そう悲観していると、横から大きな声で言葉が聞こえてくる。
「よう青年ッ、ようやく起きたか!」
「…うわッッ!!」
すると声がよく通る坊主の男、加賀がそこに立っていたのだ。
彼は何故かニコニコしていて、なんだか嬉しそうに見えた。
「そーんなに驚くなよォ!あ、話は聞いたぞッ。」
加賀は影山のそばにあった椅子に座りこみ、話しだす。
「お前…記憶が戻ったんだってな?よかったなァ!」
「ま、まぁ…。ん?加賀さん、その傷…どうしたんですか!?」
「あぁ、ただのかすり傷だ。あッははッ!」
加賀は包帯でグルグル巻きになっている腹部を隠すように話を変えた。
「そんなことはどうでもいいッ!お前は休め…頑張りすぎだ。俺は見てなかったが凄かったんだってな、お前。」
「え…?」
「急に意識を失って、そこから記憶を取り戻したらしいしな。お前は何かしらの“奇跡”を持ってると思うぜ。ま、お前らしいけどなッ。」
──その時、影山の何かがはち切れたように声が漏れる。
「いや…奇跡…なんかじゃないですよ…。」
「…ん?」
影山は苦痛を思い出すように声に出し始める。
「俺があの時、突っ走ったせいで…俺のせいで…いろんな人が…。皆が居なくなったせいで俺が此処に居られるだけです…。」
影山は一つだけ、後悔していることがある。
それは一年前にあった『教会』との決戦で、影山は情に任し、単独で本拠地に向かった際に戦友達を亡くしてしまった過去で、悔やんでも悔やみきれないのだ。
──ただ、一番後悔しているのは、その“戦友”への思い出が全く思い出せない事だった。
何人いたのか、どんな人達だったのか思い出せない“恐怖”と自分が生き残ってしまった“罪悪感”が加賀と話すことによってそれらが一斉に影山自身に降りかかる。
そしてその感情が涙として影山の頬を伝う。
「皆の“死”があるから…俺はここにいることが出来る…。」
「それは違うな。俺は。」
加賀は即答し、続ける。
「少なくとも俺は、あいつが居なくなってからはそう思わないようにしてる。むしろ、自分が此処にいるから、皆が笑い合えるもんだと割りきって生きてる。居なくなった奴らもそれを望んでるはずだと思いながら、な───。」
加賀は目線を一旦逸らして心細く言うと、影山の瞳に向かって声を張り上げて笑いかける。
「たとえそれが結果的にそうだったとしても、いないヤツの分まで頑張るんだ。それが俺らの役目だ。だろ?うだうだ言ってたらあいつに怒られちまうしな、っはは!!」
──その時、朝の陽の光が加賀に少し当たる。
その真っすぐの眼は水を含み、潤んでいた。
「さァ、皆お前を待ち望んでるぞ。」
「──はいッ。」
影山達はそう言ってベッドから立ち、皆がいるであろう会議室に向かった。
◆◇◆
【T市・洋館会議室】
懐かしい会議室は教会の襲撃によって荒れに荒れ、そこに竜崎と九鬼、冷泉らの戦闘員達が作業をしている。その内の竜崎と九鬼は談笑しながら壊れた中庭の壁の修復をしていた。
「九鬼、お前もっと要領よくやれないのか。」
竜崎は機嫌が悪そうに、要領が悪い九鬼に対し説教する。
「だって竜崎さんがこうしろって言ったじゃないですか~。あーだからロストにボコボコに…ってあ…え!?いやいやそんな堂々と剣出すのやめてください!!!もう言わないから!!!危ないから!!」
そこに足を引きずりながら歩く糸目の男、城戸が現れる。
そこで城戸は一言放つ───。
「お前ら心剣出して遊んでないで真剣に…さ、作業を…ぶッ。ぐふふフフフ…。」
「……。」
「…うわぁ…すっげぇ…。足怪我してても変わらない…さすがとしか…。」
辺りが凍り付く様に、竜崎は真顔で心剣を仕舞い、作業をし始める。
それとは対照に九鬼はというと、羨望の眼差しで目をキラキラさせていた─。
◆◇◆
「……。」
一方、冷泉は会議で使う資料に目を通しながら整頓をしている。
そんな冷泉は影山の方を見つめ、数秒後に目をそらすと作業を再び始める。
「『お前もやれ』ってカオしてたんじゃねぇか?あっはは。」
加賀はそう言って影山の肩を手で叩くと、竜崎と九鬼が作業している中庭へと歩き出す。
──そして、背を向けて歩き出した加賀は影山に声を掛ける。
「ここにお前が居る理由は、俺らがお前にいてほしいからだ。分かったならさっさと仕事やれよ?俺はおでんを食いに行けどなッ。はっはっは!」
「…はいッ。俺も“漢のおでん”食わせて下さいッ!!」
「しゃーねぇなぁ…志連のおごりでくってやっかァ!」
加賀と影山はそう言って前を向いて竜崎らがいる場所まで歩いていった──。
◆◇◆
【T市・廃墟街─教会─】
その裏で、教会幹部『ゼノン』『ホーライ』は九鬼から生まれた“黒くて丸い”ものを手にしていた。
「…案外簡単に手に入ったな。」
「そうですね。メーアさんが思ったより相手方に被害を加えてくれたお陰で──」
ホーライは手に黒くて丸い何かを持って微笑む。
「“虚無のロスト”が手に入ったんですから…。」
「さぁ…絶望を与えに行ってください…。ふふふ。」
ホーライがそう言うと黒い球体を天空に掲げ始める。
その直後、その黒い球体から黒い闇が渦巻くと、それら五つの闇がゼノンとホーライの近くの地面に
飛んでいくと、地面に着地する。
──そしてその着地と同時に剣と盾を持った、あの“騎士のロスト”が出現したのだ。
「…これは…ハハハッ。かなりの上質なロストだな。」
「なるほど…。能力はロストを呼び寄せる能力ですか…。でも何故でしょうか?一度消えたと思われる“騎士のロスト”が呼び寄せられるにいるというのは…。」
「…実は我の【影の世界】では“死”や“消滅”などの概念が無いのだ。恐らく我の世界で倒されたからであろう…ハハハッ…ん?」
その瞬間“虚無のロスト”は強い闇を放ち、ホーライの手から離れるように浮き始めると、声を放った。
『サワルナ…オマエラ…ワタシハ王二ナル…ジャマヲスルナ。』
「随分早い“エゴロスト化”ですね。まぁ利用できればそれでいいのですが。」
“エゴロスト化”
それは本能で動くロストが何らかの事象で、自我や知能を身に着ける変化のことで、通常であれば一か月、遅ければ一年掛かる。
だが、この“虚無のロスト”に限っては…たった一週間足らずで自我を持ってしまっていたのだ。
「ハハハッ。そうだな…だが。」
ホーライとゼノンが背を合わせ、囲んできているロストをよく見ていると、五体だけでなく、十体、二十体と数が増えていっていたのだ。更に中には金崎から生まれた“装甲のロスト”も複数体生まれ始めている。
──多数に囲まれた二つの影の存在は下を向いて声を発する。
「──これはかなり困難な状況だな。圧し潰されそうだ…。」
「──計画の為に…」
『王ニオジケズイタカ。…キエロ。』
「──ハハハッ。嘘だが、な。」
「──処分致します。」
──そして二つの“影”は不気味にニヤリと笑うのだった。




