十一話・ヴァニタス・ヒーロー
【影の世界─金崎の戦闘の数分前─】
「…ん…?ここは…?…ッ!?」
「おッ、やっと起きたかー人間。ちゃんと飯食ってるかー?」
青年の目の前には、自我と知性を持つエゴロストが立ち止まっていた。
その者は肩まである長い髪が黄色に染まっており、顔に大きな爪で引っ掻かれたような様相をしている。
声は割と高く、男性的とも女性的ともとれる聞きやすい声をしている。
そんなエゴロストは腰を下ろし、倒れている九鬼に対し一言かけた。
「俺の名前は《ライザ》。夢があるエゴロストだ、お前は?」
「…エゴロストッ!?」
黒いコートに身を包むその姿は正に散々耳にした【教会】の者らとの姿と完全に一致した。
九鬼は怯えるように、顔を上げると同時に反射的に体を起き上がらせ、
手に持っていた斬撃型を構える。
だがライザはその怯える姿を見ると、声を出し笑い始める。
「あっははッ…それは俺の話だろ?お前面白い奴だな…」
「…オレは知ってるんだぞ!お前ら教会の悪事をッ。」
ライザはその言葉に対し、肩をすくめて困ったように言った。
「はぁ…やれやれ…また教会の話か…。戦闘なんてやめようぜ?下らない…。血を流したって意味がないんだから…。それよりも夢を語り合おうぜ?お前もなにかしらの《夢》あるだろ?」
(夢──オレの夢は──)
「っておいどうした!?人間!」
その時、九鬼は急に頭痛を起こすとふらふらと足元が覚束なくなり、その場に倒れこみ意識を失ってしまった。
◆◇◆
15の夏、オレはあれから変わった。
あの人達のおかげで──。
───
【九鬼光之助、16歳】
オレは昔から友達が多い方ではあった。
皆で楽しくワイワイ話すのも、くだらない時間をみんなで過ごすのも好きだった。
ただ、段々そうは思えなくなっていった。
いつしかオレは楽しんでいるフリをしているだけの、見えない未来に怯えながら自堕落な生活に溺れるゲーマーだったのだと自覚するようになった。
そしていつも家に帰れば親に「勉強をしなきゃ皆に追い抜かされる」「学校では友達とはうまくいっているか」と聞かれる毎日。
学校に行けば、誰しもが選ぶ無難なもの選び、『みんなと同じ』の精神で息苦しく『自分』を押し殺して生きてきた。
ゲーマー、といってもゲームが好きという訳ではない。
何にも興味が沸かないオレにとってだだの暇つぶしに過ぎなく、数時間やれば飽きて他のことをするほどの熱中したものではなかった。
──ただそんなオレが熱中したモノがあった。
…それは昔から見ていたヒーロー物の映画やアニメだった。
それが昔からのオレの夢でもあった。
…ただ、当然そんな事16になった高校生の口からはそんなことを好きだとはいえるはずもなく、一年が経とうとしていた。
【─17の冬─】
オレが高二になり、受験についての話が周りから出だした頃、一人の高校生の《行方不明事件》の噂が流れた。もちろんネットでは突如話題になり、ある言葉がSNSでのトレンドにもなったりもした。
言葉…というのは行方不明になる瞬間を目撃した学生のネットでの呟きであった。
『───闇に飲まれるように消えた。』と。
もちろん周りの学生はそんなこと気にせずに、
むしろ話のネタとして扱っていた。
何故なら闇に飲まれたとされる人間は、行方をくらませた数分後にはあたかも何もなかったかのように現れ、通常通り過ごしていたからだ。
その目撃した学生は周りからは嘘だと思われることとなり、事件は終息へ赴いた…と誰しも思っていた。
──そして、数日後経ったある日だった。
九鬼は冬の肌寒さに耐えながら、古びた電灯が立ち並ぶ、人通りの少ない路地裏を通って下校していた。
いつもだったら何事もなく帰ることが出来たはずだった、が、その日は例外であったのだ。
「寒いな…さすがに冬は…ん?」
急に足が泥に捕まったように鈍くなり、何故か異様に後ろから視線を感じる。
恐る恐る足元の様子を見る…とそこには───。
蛇のような黒い影が足に巻きつき、ドロドロと音を立てて耳に刺激を与えてくる。
「ハハハッ…。」
声が聞こえ、咄嗟に後ろを見る。
暗くてよく見えないが、とても背が高く腕を組んでいる男がフードを着たまま俯いているということが分かった。
その男に対して九鬼は勇気を出して声を出すことにした。
「…何か用ですか…?」
「珍しいな、心が澄んでいるようで暗く曇っている。素質がある。だが───」
選ばれしものではない、か。
彼はそう言い、指をパチンと鳴らす。
その刹那、九鬼は足は『鈍い』から完全に『静止』に移行した。
地面に埋まれるように、足を掴まれたように。
「ハハハッ、その目。気持ちは分かるぞ。自分に嘘を付き、道化師を演じていたのだろう?さぁ本当の気持ちを教えてくれ。」
背の高い男はわざとらしく高笑いをして気持ちを煽っていく。
──ずっと思いは同じだ。
でも、夢は叶うはずなかったんだ。
ヒーローになれないならと思い、勉強だって、運動だって人一倍やってきたつもりだったのに。
オレがいくら努力したって、才能がある奴はオレを置いて前に進んでいく。
どうせ努力してもヒーローになんてなれない。
だれも認めてくれやしないんだ。
そう思っていると、自分の口から声が漏れる。
「──ずっとカッコいいヒーローになりたかった。」と。
周りと合わせて生きていく。
これがオレにとってどれだけ苦痛だったか。
この劣等感、虚無感がオレをどれほど蝕んで辛かったか。
闇に飲まれる、ということ。
それは体自身だけじゃなく、心までも闇に覆われるようだった。
それを今この瞬間、分かった気がした──でも遅すぎた。
そのときには闇が自身の体を深くのみ込んでいく。
九鬼は両手を空に掲げ、助けを求める。
…なんて無様なんだ。
「だ、だれか…」
なんてオレはこんなにも無力なんだろう。
スーパーヒーローになって───
「ハハハッ…中身が無い。なるほど。それがお前が選ばれない理由か。ハハハッ…自分には才能がないと自分を責めている奴ほど下らない人生を辿っていく。まさにお前のようだな。」
その言葉は九鬼の核を付いた。
ずっと隠していた水晶のように壊れやすい何かを、一瞬で砕かれたように。
「お前が思うヒーローというものは、ただの…承認されたいだけの欲望だ。」
やめてくれ…ッ。
九鬼は心臓が痛み、闇の中で溺れるように息が苦しくなる。
「本来の自分を認められるために、人を救うヒーロー、か。中々滑稽だな。」
痛い。
身体中が窮屈に感じ、もがくことも辛くなっていく。
「影と化───」
『なりたい理由なんて必要ないだろ。理由なんて後から捻じ曲げりゃいいさ。』
──声がしたその時、伸ばした手が掴まれた気がした。
体は地面から勢いよく這い出すと息苦しさも、何もかもから脱け出したかの様な解放感で溢れた。
九鬼が居た闇溜まりはゆっくりと消え去る。その時、ある二人の男の顔が見えたのだ。
「…マインドウォーカーの加賀英五郎様の登場だぜッ!」
「同じくマインドウォーカー城戸志連、機動力には自信あんだぜッ…グフッ!」
その二人こそ、オレの憧れの二人。
未知の者に立ち向かうその姿は、正にオレにとってのヒーローそのものだった。
「さーて、いきますかぁ!」
城戸は猛スピードで、真っすぐ背の高い男に突っ込んでいく。
「ハハハッ。無策か、消え去れ。」
背の高い男は体から蛇の様な黒い影を放出する──が、その蛇の行き先は二つに分かれ、一つは突っ込む城戸へ、もう一つはなんと九鬼の方向へ向いていた。
「ッ…!」
九鬼は後悔した。少しでも足が動いていれば──と。
しかし九鬼は傷一つことなく、その場にとどまっていた。
「ハハハッ、無様だな。ん…?」
「───いってぇじゃねぇかよ…蛇野郎ッ!」
「…効いていない?まさか…アンチロストだと?」
九鬼の前には坊主の男、加賀が立っていた。
ボロボロぼろになりながらも、仁王立ちで。
『装填完了しました。攻撃を開始します。』
加賀が腕に着けている銃口のような物から機械音が流れると、青い光が銃口に収束し始める。
「俺の【漢の一撃】喰らいやがれぇぇぇぇ!!!」
加賀はそう言って銃口から大きな青い光を放つ。
「英ちゃんマジかよ!俺いるってのッ。まぁ、余裕だけどなッ、よっとぉ!」
直線上に放たれた光弾と追いかける黒蛇を避けるように、城戸は自慢の脚力で垂直に飛ぶ。
「何ッ!?」
直線上に放たれた光弾は城戸にあたることなく、背の高い男に直撃する。
その男は光に飲まれ消える間際に、一言を放ったのであった。
『ハハハッ。我は消せぬ。我はゼノン。そして影である。ハハハッ!!』
この一連の出来事が、オレが『マインドウォーカー』を目指すきっかけになった。
──ヒーローになりたい理由を捻じ曲げるために。そして成長した姿をゼノンに見せつけてやるために。
◆◇◆
──お
声がする。
高く柔らかい声だ。
その声はだんだんと大きくなり、その音が耳に直接響いた。
「おーい、起きたか?五分くらい気を失ってたけど大丈夫か?」
「ッ!」
「だーかーら、落ち着けって。あっ、そういえばお前、名前は?」
「オレは騙されないぞ。言っておくがオレはエゴロストとの戦闘は体験済みだぞ…ッ!」
もちろんあの時は戦闘などしていない。
だが、騙されないようにと九鬼はその場で咄嗟に嘘をついて、お茶を濁した。
言われたライザはピクっと体を震わすと、九鬼に対して一言疑問を投げかけた。
「戦闘っていうのは…ゼノンのこと、か?」
「…そうだ。」
「…もしかしてお前は『九鬼光之助』、か?」
「…え?なんでオレの名前を…?」
「それは…今は言えない。」
ライザは考えるようにうつむき、顔を横に振った。
「それなら尚更エゴロストのお前を信用なんて───」
『マサ!!!』
その時、女の人の声がした。
その声の主はマインドウォーカーの『柴野霊歌』声で、金崎を呼ぶ必死な声だった。
「柴野さん!?」
「今叫んだ奴の名前、知ってるのか?」
「…うん。仲間だよ、オレのね。この暗い世界で何かあったのかも──」
「…仲間か…。もし、助けに行こうとするならやめた方がいい。」
「…は?何言って──」
ライザは暗く広がる世界を見据えて、言葉を続ける。
「ここは【影の世界】。教会幹部ゼノンの作り出した空想世界で、広さは無限。しかも教会に逆らったエゴロストやロスト化させるための人間を収容する『監獄』みたいなもの。俺が言いたいこと、分かるか?」
「…つまり、この世界の広さは無限で、無法地帯となっている、ってことか?」
「そーゆーこった!物分かりがいいなぁ!その虹色のパーカといい、バカで可哀想な派手野郎だと思ってたけど、案外そうじゃないんだな!」
「バカじゃねぇよ!…でもオレは…。」
「ん?どうした立ち上がって。」
九鬼はすぐさま立ち上がり呟くように言う。
「今すぐにでも助けに行く。加賀さんがオレなら、きっとそうする。」
「お前さっき話聞いてたか!?全く…。…まぁ俺もちょうど暇だったし、一緒に行くよ。俺の《夢》も達成させたいしな。」
──こうして九鬼とライザは暗闇をかき分け、金崎救出に足を踏み込むのであった。




