4 憧れ
「僕は吸血鬼を羨ましく思う」
暖かな日差しとさわやかな風が通る小道を進みながら、瞑夜は言った。
「どうした急に」
隣を歩く晧暎は風に揺れる木の枝を見ていた。新緑までもう少しといった枝葉が気持ち良さそうに揺れている。枝の先に小鳥がとまっているのを見つけ、思わず微笑んだ。
「吸血鬼って空想の生き物だけど、実在するなら僕は吸血鬼になりたい」
「太陽を浴びて灰になりたいの?」
「違う」
「ニンニクや十字架を見て弱体化したい?」
「違う」
「まさか美女の生き血を啜りたいとか」
「ちょっと違う」
「だいたい吸血鬼なんて血を吸って生きてるんだろ? いつも同じ食事なんて飽きるぞ。それに棺の中で眠るなんて体が痛くなりそうだ。俺はふかふかのベッドで眠るほうがいい」
道の反対側で、おじいさんが毛並みの黒い犬を散歩させていた。くんくんとせわしなく道端の匂いを嗅ぎながら歩く姿が、なんだかご飯の匂いを探している瞑夜に重なって見えて、晧暎は微笑む。
一歩先を歩いていた瞑夜が振りかえると、斜め前のほうを見て晧暎が微笑んでいる。その視線の先を追うと黒い犬とおじいさん。
「なに笑っているの晧暎」
「いや、あの黒い犬が瞑夜みたいだなって思って。ほら見ろよ、匂いを嗅ぐのに夢中で自転車に当たりそうになってる。あ、でも野生の勘かな? うまく避けてる。瞑夜もあるだろ、野生の勘」
「……そうだね」
小さく呟いた瞑夜は、晧暎の腕を掴んで脇道に力いっぱい引っ張った。急に引かれたのでバランスを崩してよろけそうになったが、瞑夜が壁に押さえつけてとどまらせた。背中を打ち付けた衝撃で一瞬目をつむってしまう。
瞼を開けると、目の前には黒い前髪で表情が隠れている瞑夜の顔があった。片手で壁に手をつき、もう片方の手で晧暎の胸ぐらをつかんでいる。つぎの瞬間、くいっと顔をあげた瞑夜の黒い双眸がまっすぐに晧暎をとらえた。
「晧暎にもあるかな? 野生の勘」
低くなった声、心なしか座っているように見える目、つかまれた胸ぐら。
うん、これはいやな予感がする。
「瞑夜?」
「もう一度言うよ。晧暎、僕は吸血鬼が羨ましい」
ハイライトが消えた黒い目が危ない方向に笑っている。
ゆっくりと距離を詰めてくる視線に後ずさろうとも、すでに背中は壁についている。
「晧暎……」
瞑夜が口を開けてさらに近づいてくる。息が、耳にかかる。
そしてそのまま。かぷりと首筋に噛みついた。
「いてぇっ、ちょっ、瞑夜! 首! 痛いから!」
「ぼふはきゅうけふひにはひたい!」
「わかった! わかったから離せ、噛むな!」
ぎゅうううと割と本気度を感じさせる力強さで噛みついている瞑夜の背中をタップするが、ガルルルとなぜか犬化した瞑夜は離れない。
「わわっ、瞑夜ごめん、犬を見て瞑夜みたいって言ったの怒ってるなら謝るから! 痛いっ!」
ガルル、ともうひと噛みしてからようやく噛むのをやめると、晧暎の白い首筋にはくっきりと瞑夜の歯形がついていた。それを確かめると、瞑夜は自分がつけた歯形の跡にキスをした。
じんとした痛みが走る。瞑夜はそのまま舌で歯形をなぞりはじめた。
……なんだか、獣の毛づくろいのような。
「……吸血鬼は、たぶん噛み跡を舐めたりしないんじゃないかな……」
瞑夜の突飛な行動には慣れている晧暎は、力の抜けた声で言った。よやく引いてきた痛みに息をついて、腕を瞑夜の腰に回す。
まるで恋人同士が人目を忍んで抱き合っているようだが、瞑夜は単に自分が吸血鬼だったら晧暎の血を吸うんだということしか考えてなかったし、晧暎はただ瞑夜のいつものわがままにつきあってやっているだけだった。
「僕は吸血鬼になったら毎食晧暎の血を吸う。そのついでに、晧暎のいろんな味を味わうんだ」
「はいはい。いつでもどうぞ」
飽きれたような物言いとは裏腹に、瞑夜が噛んだせいではなく首筋を赤く染める晧暎に、瞑夜は満足そうに微笑んだ。




