10 ラボの星
「ようこそ、ようこそ。良くぞいらっしゃいました」
穏やかな顔で二人を迎えた中年の科学者は、ラボの奥へと案内をしながら言った。
「いや、本当に、最近は貿易や通信ばかりで、人が直接見学に来てくれる機会なんて滅多になかったから、しかもね、こんなに若い人たちなんて」
どう見ても研究者にしては若すぎる現在17歳のミトと15歳のトーマを交互に見ながら、それでも科学者はその豊かなあごひげを撫でながら嬉しそうに目を細める。
「突然お邪魔してしまってすみません、見学を受け入れて下さってありがとうございます」
ミトがそういうと
「いやいや、本当に良く来て下さった。それに、ポルさんの紹介だもの」
「ポルおばさんとは、お友達なんですか?」
トーマが尋ねると
「ええ、ずうっと昔からの、ね。彼女のシチューはおいしいでしょう」
「はい、姪のテンネも自慢していました」
「姪、そうか。テンネちゃんか…」
科学者はゆっくりと思い出すように上を向いて、
「そうだ、テンネちゃんも、とってもいい子でしょう」
「…はい、元気が良すぎて、俺は今朝もベッドから転げ落ちそうになりました」
はっはっは、と科学者は笑った。この星の進歩の速度は著しいけど、この人はとてもゆっくりとした人なんだなと、二人は思った。
「製造、実験、試行錯誤。私たちのラボでの研究は、今見ていただいたことの繰り返しです」
科学者は穏やかに微笑みながら、二人にラボの様子を見せて回った。
「あの、」
ミトが手を挙げた。
「あの、アンドロイドの背中に付いている赤いマークはなんですか」
「ああ、あれは国家承認アンドロイドの印です。アジサ星のシンボルマークですね。こんな小さな研究所が国家承認のアンドロイドなんて、驚かれたでしょう」
「いえ、ちっとも。ここのアンドロイドは本当に高性能だ。うちの星の一番大きなメインラボだって、全然太刀打ちできないですよ」
「おや、ありがとうございます。でもこの星のラボは、実はコンピュータですべてつながっているんですよ。中央のマザーコンピュータで星中のラボの情報を集めて、常に最新の情報を全科学者が共有できるのです」
「すごいや!じゃあ、ラボ同士張り合ったり足を引っ張ったりしないで、星中でアンドロイドを研究しているんですね!」
トーマが感嘆の声を上げた。
「そうなりますね。何といっても、アンドロイドはこの星の命のような研究ですから。それに、この狭い地下の町では、争い事はどんなに小さくても不幸の種ですしね」
ミトは感心して辺りを見回した。この目で見える範囲のもっともっと広く、大勢の人間がこの研究に関わっている。星全体が一つのラボのようだ。
科学者は二人を一通り案内した後、休憩室へ連れて行ってお茶をふるまった。
「美味しいでしょう、ここのお茶はね、お茶淹れに特化した機械が淹れているんですよ。アンドロイド、というほどの性能ではありませんがね」
「本当だ、とってもおいしいです。こんなことまでできちゃうんですね」
トーマが微笑むと、科学者は
「まあ、逆を言ってしまえば、こんなことすら人間はできなくなってしまった、ということですがね。私なんかは研究ばかりの人間だから、機械でないと何もできない。それこそ、毎日使うここのお茶っ葉がどこにしまってあるのかさえも、ね。」
と自嘲気味に笑った。
「ここからでも、あちらの窓から組み立ての様子を見ることはできますよ。どうぞ好きにご覧になってください。もちろん、お茶のおかわりも、ね」
「では、少しだけ拝借」
科学者が席を立ったのを見計らって、ミトは休憩所のノートパソコンを起動した。
「ミト、まずいよ。勝手にいじったらばれちゃうよ」
「大丈夫さ。起動の痕跡を消すことなんて動作もない。ここのコンピュータは本当に、下手したら俺たちの星のやつより使いやすいよ」
ミトは慣れた手つきでロックを次々と解除し、メインシステムに侵入する。
「ねえ、本当に大丈夫なの、誰か来たら僕らどころか紹介してくれたポルおばさん達にまで迷惑がかかっちゃうよ」
「大丈夫だよ、メインシステムを乗っ取ろうってんじゃない。ここから中央のマザーコンピュータとやらに侵入して、この星の情報を探るだけだ」
それにしても、コンピュータが本当に使いやすい。まるでミトの頭がそのまま直接画面に繋がっているのではないかと錯覚してしまうほど、コンピュータの動作はスムーズだった。
「ねえ、ミト。本当にこんなことしてまで、知らなきゃならない情報がこの星にあるの。あの人も言ってたじゃない、この星の進歩が速いのは、星中で情報を共有して一緒に頑張っているからだよ。僕らの星みたいに研究内容を盗みあったりデマを流したり邪魔をしたり、足を引っ張り合ってないから研究も進むんだよ」
「ん、そう、だな。うん…うん…」
「もう、ミト!」
もう、トーマの声はミトの耳には届いていないようだった。
「…何てことだ!」
ミトはがばっと顔を上げた。
「な、何?見つかっちゃったの?ばれちゃったの?」
製造の様子を興味深げに見ていたトーマが、慌てて駆け寄ってきて心配げに覗き込む。
「違う、そんなんじゃない。いいかこの星は、」
ばんっ
勢いよくドアが開いて、大勢の、アンドロイドと呼ぶにはあまりに質素な機械仕掛けの人形が現れた。
「ミト!」
「こっちだ!」
ミトは電源ケーブルからノートパソコンを引き抜くと、トーマの手を取って走り出した。




