2月20日(月) ■2■
「なぜ、井出さんは定年で辞めてしまうのですか? 普通に考えれば、定年後も井出さんを再雇用して、井出さんが新人を育てた方がいいと思うんですけど…。ここに私が入る理由がいまいちよく分からないんですよね…」
「あれっ、エスペランサ出版でその説明はなかったのですか? 私はてっきり知っていると思っていました…。そりゃ、そうですよ。井出さんが直接新人を育てるのが一番ですよ。でも、それができないんですから、仕方が無いのです」
「えっ…」
「実は井出さんの奥さんは認知症になられてしまって、看護が常に必要な状況なんです。井出さんは今までずっと自分を支えてくれた嫁を、今度は自分が支える番だとおっしゃって、二年前に定年したら奥さんの介護に専念すると仰っておられました。その時は、菅谷さんと言う方が井出さんの後任となることになっていました。ところが、三ヶ月前、急にその菅谷さんの結婚が決まり、彼女は名古屋へ行くことになりました。このままでは四月から総務主任がいなくなることになり、何としても総務の即戦力が必要となったのです。その結果、桜田さんに白羽の矢が立ったと、私達は聞いておりますけど…」
「ああ、そう言うことだったんですか…。やっと、全てがつながりましたよ」
そう言うことだったのか…。沢木部長も人が悪い。きちんと説明してくれたら、また違ったのに…と紫は思った。もし、最初から理由を知っていれば、初日の歓迎会で井出が来なかったことを不思議に思うことも無かったのに…。
きっと、仕事が終わったらまっすぐ家に帰って、奥さんの介護をしているに違いない。今のビオランテ出版にとって、紫はまさにかけがえの無い存在になっていたことを知り、こんな自分でも必要としてくれる人がいるんだなと実感した。そして、急にやる気が湧いてきた。
「さあ、天神に着きましたよ。これから、四月号の春のスイーツ特集のための取材に行きますからね。さあ、二人でおいしいスイーツを食べに行きましょう!」
「え〜、スイーツの取材だったんですか? てっきり、聞き込みアンケートでもやるのかなと思っていましたよ…」
「桜田さん…、あなたはもうすでにビオランテ出版の一員なんですよ。月刊HAKATAはうちの看板雑誌ですから、何の取材をしているかどうかぐらいは把握してもらわないと困りますよ。井出さんは、いつもきちんと把握されていましたよ」




