2月20日(月) ■1■
「それじゃ、昨日はずっと博多周辺をブラブラと、しとったとですか?」
「はい…」
「せっかくなら、天神に行けば、よかったとに…」
「天神って、この近くですか?」
月曜日、出張先のビオランテ出版に紫が顔を出すと、日曜日は何をしていたのかと言う話題になった。さすがにマンガ喫茶にいたことは伏せておいたが、ずっと駅周辺をうろついていたと話したところ、瀬々串専務から天神に行けばよかったのに…と言われたのである。しかし、紫は博多から歩いて十分、地下鉄三駅行った先に天神と言う商店街があることを全く知らなかったのだ…。
そのことを正直に話したところ、他の社員からも笑われる始末であった。さすがに天神を知らないまま、四月を迎えたら大変なことになると、専務が冗談のようなことを言い出した。すると、なぜか井出も賛同し出した。総務主任たる者、会社の経理のみならず、会社の概要とかも知っておく必要があると言うことで、昼から行われる月刊HAKATAの取材について行くこととなる。
そんなわけで突然、三人いる取材班の紅一点である稲森美和と一緒に天神の街へと向かうこととなった。
「バスで行くんですか?」
「そうですよ。歩いて行くと時間がかかるし、地下鉄は高いんですよ…。車で行くとなかなか駐車場が見つからないから、ストレスがたまるんです。でも、バスなら百円でいけるし、渋滞してなければ、五分で行けますからね…」
紫はただ稲森について行くことしかできなかった。もし、ここで稲森とはぐれたら、紫は福岡の街中で迷子になるかもしれない。紫が一人旅できない理由の一つとして、重度の方向音痴であることが上げられる。道に迷うと大概、昨晩のようになってしまう。方向感覚が全くあてにならないのだ。方向感覚があてにならないと思い、思った方向と逆に行くと、そんな時に限って、最初の方向があっているので始末に負えない。紫が出版界で仕事しながら、営業や取材の仕事を選ばなかった理由もそこにある。
「ところで稲森さん、一つ気になっていたことがあるのですが…」
「何ですか?」
バスに乗ってから、紫は稲森に質問した。実はどうして自分がビオランテ出版に出向することになったのか、よく分からなかった。確かに、井出は定年を迎える。しかし、井出を定年後も再雇用すればいいではないか。
井出が直接時間をかけて新人を育てた方が確実だし、何より効率がいい。いくら、紫が経験者とは言え、総務に関する細かいことは会社によって微妙に異なる。それを二週間で全て覚えてくれと言うのは、無茶ぶりに近いものがある。




