2月20日(月) ■3■
いろんなことを平行して把握することは、紫の一番苦手にしていることである。今まではあまり問題にならなかったが、これからはそう言う訳にもいかないらしい…。まさに稲森に指摘された通りである。そして、井出の存在の大きさを改めて思い知らされる。
バスを降りると、目の前に西鉄天神駅のビルがあった。駅ビルを通り抜けると、そこには天神の街が広がっていた。稲森は知らない街できょとんとしている紫に、この日の取材内容を告げながら歩き出した。何も知らない紫はただ子どものように稲森について行く。
「さて、まず初めにイチゴタルトがおいしいと評判の『デュルセ・デ・パライソ』に行きますよ。私がカメラを撮ったり、店の方にインタビューしたりしますので、桜田さんは試食担当でお願いします」
「いやいやいや、二人で食べましょうよ。私、味音痴ですから…」
「そうですか。それでは新総務主任の力で、二人分をきちんと経費で落とせるように頼みますよ」
と、笑いながら稲森がつぶやく。稲森美和と一緒にいると、何だかホッとするなあ…。まるで久留米陽美と一緒にいるようだ。気が許せる人と一緒にいると、本当に心が安らぐ。四月からこんな環境で仕事ができると思うと、紫は思い切った決断をして本当によかったとしみじみ思った。
こう言う環境なら、一日も早く、武下定秋や水戸あおいのことを忘れられそうである。そうだ…。この調子だ。この調子で新しい世界を作り上げていけばいいのだ。もう、あれから一ヶ月が経つ。いつまでも引きずっていないで、前に進まないと…。




