2月11日(土) ≪3≫
その時である。紫は本棚にあるワンピースを偶然発見した。待合室には待っている間、退屈しないようにたくさんのマンガ本や雑誌などが置かれている。さらにインターネット接続ができるパソコンやテレビもある。ちょうど、ワンピースの一巻があったので、紫は試しに読んでみることにした。五十過ぎのおっさんもはまるマンガって、どんなもんよ…と言う好奇心が彼女を突き動かす。
「桜田さん、桜田さん、問診室へお入りください」
気付いたときには、続きが気になって、二巻の途中まで読んでいた。紫は慌てて、問診室へと向かった。問診室では血圧検査、血液検査と医師の問診を受ける。ここで血圧や血液に問題があった場合は献血できない。
ここをクリアして、初めて献血ができる。さらに成分献血の場合、ここで少しばかり血を抜かれる。献血の後、送られて来る血液検査結果を出すために使われる。全血献血では献血中に取られるので、ここでは取らない。
あれっ? しばらく献血に来ない間に血液検査の方法が変わったのか? ボールペンの芯のような細い針を刺されて、血が白いラインの所までたまったら針を抜かれた。看護士はその針を試験管に差し込んで、そのまま紫の血を試験管に入れていた。その後、後ろにある機械で血の検査をする。結果はすぐ出て、問題なく献血できるとのこと。
「桜田さん、本日は血小板を頂きたいのですが、よろしいですか…。血小板だと、一時間ほどかかりますけど…」
「はい、いいですよ」
「ありがとうございます。それではすぐに準備しますので、呼ばれたら、採血室へと向かって下さいね」
初老のやせ細った医師に言われると、紫は問診室を出て、一度ロビーへと戻った。それから五分ほどして、採血室から呼ばれたので、紫はワンピースの三巻から五巻まで持って、採血室へと向かう。ルフィーが海賊として一人で旅立ち、ゾロと出会い、ウソップと出会い…。ああ、どんどん世界が広がっていく。確かにこれは面白い…。おっさ…もとい、部長がはまるのも頷ける。
「桜田さん、今から針を刺しますよ。桜田さんの腕は血管が出ているから刺しやすくていいですね…」
そう言って、看護士が左腕にヨード液で消毒した後、太い針を刺す。以前、看護士が言っていたが、女性で腕に血管が出ているのは珍しいことらしい。針が太いので刺す瞬間はさすがに痛いが、すぐに痛みは引く。看護士も慣れたもので、あまり痛まないように一発で血管に刺す。もし、うまくいかなければ、痛いなんてものでは済まないらしい。基本的に献血は利き手と反対の腕で行い、検査を利き手側の腕で行う。そうすることで、献血する人の負担を最小限にする配慮がなされている。
ここでも五年ぶりの献血で変化が表れていた。かつてはそのまま採血に入っていたが、最近は最初に検査用の血を採ってから採血に入るらしい。こうすることで、採血した血に不純物が入らないようにしているとのこと。そして、最初の血は捨てることなく、血液検査に使うので問診室での効率がよくなるから一石二鳥である。
成分献血では採血と返血のサイクルを三、四回繰り返しながら、血しょうもしくは血小板を集める。残りの成分と点滴液を混ぜたものを体へ返す。こうすることで全血献血よりも体への負担は小さくなる。
その間に紫はワンピースをどんどん読み進めた。やばい…。完全にはまってしまった。どうしよう…。献血が終わった後も、待合室のロビーでひたすらワンピースを読み続けた。ふと、十巻を読み終えて、顔を上げると外は完全に真っ暗になっている。時計を見るとすでに夕方六時半を過ぎており、待合室には二、三人しか人が残っていなかった。紫は献血をした後にもらえる野菜ジュース三本セットとティッシュ二箱を持って、慌てて外に出る。




