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焼けくそレーシック  作者: あまやま 想
第2部 福岡編 第5章 新天地
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110/150

4月8日(日)   よ2

黒木渚「赤紙」

http://www.youtube.com/watch?v=TwhdFTjNdb8

 身支度を済ませ、ブランチのフレンチトーストとコーヒーを食べた後、紫はようやく一息をついた。


 日曜日のラジオは聞いているだけでのんびりとした気分になれるからいい。童話の紹介や、芸能人が家に遊びに来る設定になっている番組、洋楽を流し続ける番組。


 紫はラジオを切ってから、稲森美和の携帯に電話した。


「もしもし、美和ちゃん。桜田です」


「紫さん、どうしたんですか?」


「あなたから頼まれた仕事のことで電話したと言うのに…。ずいぶん、そっけないのね…。では、さようなら」


「ちょっと、紫さん! 休みの日なのにきつかな…」


 携帯の向こうから美和の苦笑いが聞こえる…。こんなやり取りができる同僚が入社一週間足らずでできたのは、事前研修のおかげであった。紫は先ほどの川端和男とのやり取りを、美和に一通り説明する。


「さすがは紫さん! 仕事が早いですね」


「私はかつての同僚に電話して、つないでもらうようにお願いしただけどね…」


「やっぱり、東京のエスペランサ出版の方々は仕事が早かですな」


「で、美和ちゃん、早速だけど、友丘先生と連絡とってね。友丘先生は四月に福岡で開業したばかりで、宣伝も兼ねてこの企画にかなり乗り気だからね」


「分かりました、紫さん。休みの日にわざわざありがとうございます! あ、せっかくだから夕食を一緒に食べましょう。おごりちゃるけん! 今回のお礼です!」


「美和ちゃん、ありがとう!」


 さすがは稲森美和である。同じ出版社で働きながらも、総務と編集者ではこうも違うのかと思うのであった。


 昼からは春のポカポカ陽気のもと、部屋の掃除と洗濯を一気に済ませる。春の陽気がいつまでも続けばいいのに…と思っても、明日から天気が崩れるらしい。春の天気は変わりやすく、悪天候になれば寒の戻りもあるようだ。


 二時過ぎにようやく掃除と洗濯が終わった。紫は昨日、図書館で借りた本をのんびりと読み出した。もちろんラジオを聞きながら…。


 この日は太宰治の「斜陽」と黒木渚の「赤紙」の組み合わせが最高であることを発見した。世界観が驚くほどクロスしていて我ながら驚かされた。


 三時過ぎに母から電話がかかって来た。せっかく小説の世界に引き込まれて、うまいこと現実逃避できていたのに…。


『もしもし、紫、福岡の生活は慣れた?』


「お母さん、まだ一週間しか経ってないのよ…。そんなすぐに慣れるはずも無いでしょう…」


『確かにそうね。そういえば、紫。母さん、五月のゴールデンウィークに福岡へ遊びに行こうと思うんだけど…』


 ちょっと、この人は何を言っているんだろうか…。五月五日はかつての同僚の久留米陽美の結婚式があって東京へ帰ると伝えたはずなのに…。やはり、歳を取ると物忘れが激しくなるようだ。


「母さん、前も言ったけど、私、五月にそっちへ帰るのよ」


『何で?』


「いやいや、かつての同僚の結婚式が五月五日にあるから、ゴールデンウィークは東京へ帰ると何回も言ったでしょう」


『ああ、そうだったね…。ああ、歳を取ると物忘れがひどくなってさ。ああ、もう嫌になっちゃう…』


 嫌になっちゃうのはこっちの方である。やっぱり、歳を取るとあんな風になっちゃうのかな…。まあ、こんなやり取りも含めて親孝行なんだろうと考えることにしよう。


「ところでおみやげは何がいい?」


『明太子! それと何か甘いものがいい』


「わかった。五月に買ってかえるから…。じゃあね」


 そうやって、母との電話を手短にすませて、再び斜陽の世界へ戻る。束の間の現実逃避…。それにしても、赤紙はいい曲だな。紫はスマホで黒木渚の赤紙を繰り返し聞きながら、斜陽を読み進めた。

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