4月7日(土) す2
「もしもし、陽美。元気?」
『あら、紫、どうしたの? 福岡生活は楽しんでる?』
「ええ、おかげ様で、仕事にヘトヘトになりながらも、福岡生活を楽しんでいるよ」
『それは良かった。ところで紫…』
「ん? 何?」
『私ね、子どもができたのよ。今、二ヶ月だって』
「おお、それはおめでとう! ところでつわりとか大丈夫なの?」
さすがは久留米陽美。何事もぬかりなく進めているようである。これで五月の結婚式がますますめでたいものとなった。
『それがさ、ほとんどなくてね。むしろ、食べ過ぎに注意するように先生に注意されちゃった』
「結婚式は?」
『もちろん、大丈夫よ。私はでき婚ではないけど、最近多いからね。結婚が決まってからできたことを強調しないとね…』
そう言うと、陽美はいたずらっぽく笑った。相変わらずである。まあ、お互いの近況報告はそれぐらいにして、紫は本題を切り出すことにした。
「陽美、今ね、新しい会社でさ、読者からレーシック体験をつのって、レーシック体験記を連載する予定なんだけど、監修者がいなくて困っているの。それでさ、私がレーシック経験者だからっていって、総務の人間に監修者をやらせようとしているのよ。そこで陽美にお願いしようと思ってさ…」
『それは面白そうね。でも、私ができるのは読者体験記に本当のことが書いてあるかどうかを判断するぐらいよ。専門的な質問はやっぱり専門の眼科医にお願いすべきかな…。例えば江角眼科クリニックの先生とか…』
「陽美、江角先生にお願いできないかな…」
『別にいいけど、これは紫と私の話ではなくて、会社との話だと思っていいのよね?』
「ええ、もちろんよ」
予想通り、陽美が話に乗って来た。あとは、月曜日に稲森美和と陽美をつなげればいい。ここまでお膳立てすれば、あとの具体的な話は稲森や取材班の二人がつけてくれるだろう。
また、陽美にも江角眼科クリニックとビオランテ出版の橋渡し役をしてもらうことになる。やはり、この出版業界で生きていくなら、編集に直接関わらなくても、人脈が多い方がいい。
「そしたら、月曜日に担当者につなぐね。そして、担当者から直接電話させるよ」
『さすが、紫! 新しい環境でうまいことやっているじゃないの。レーシックのことなら、私に任せて、貴方は総務主任の仕事に専念した方がいい』
「あ、ばれた?」
『もちろんよ。紫がいろんな仕事を器用に平行してこなせると思わないもん…。ましてや、新しい環境でしょう? 会社が違えば、細かい所は違う訳だから、なおさらしっかりやらないとね!』
「ありがとう、陽美」
『いや、こちらこそ、面白い話をありがとう。じゃあね!』
こうして、かつての同僚でもあり、親友でもある久留米陽美との電話は終わった。やはり、昔から知っている知人とは、気兼ねなく話せるので助かる。
電話を終えると、紫は自転車で市立図書館へと向かうことにした。ポカポカ陽気の中、自転車で走るのは本当に気持ちいい。日陰に入るとまだまだ寒いけど、春は心も体も軽くなっていい。紫は軽快なリズムで自転車を軽やかにこぐのであった。




