4.ノッカー・アップ――フィンの思い
「――ここだよ」
フィンが案内された部屋は、暖かな日差しがたっぷりと入る大きな部屋だった。
何だか難しそうな本が並べられた大きな本棚と立派な机。
部屋の広さのわりに置かれている物は少ないが、家具は木の温もりを感じられるものばかりで、部屋全体に優しい空気が流れているようだ。
そんな部屋の中にある、一際大きなベッド。
その中心に、くまのぬいぐるみを片腕に抱いて眠る男の子がいた。ぬいぐるみを抱いていない方の腕には点滴が繋がれている。
「このぬいぐるみはアルベルトのお気に入りでね。小さな頃からずっと抱いて寝ているんだ」
「可愛いくまさんですね」
「……もう、年齢的には似つかわしくないものなんだが、これだけはどうしても譲れないみたいなんだよ。おかしいだろう?」
「? いいえ。好きなものがあって、それが腕の中にあるなんて幸せそうでいいなぁって思います」
フィンの率直な言葉に、オズワルドは目を見開く。
男爵家の当主として、また、領民を守る領主として。後継者であるアルベルトの“甘さ”をどうにかしなければならないと思っていた。
家と領地を守るための強さを身につけさせねば、と。
――幸せそう、か。
アルベルトの顔を改めてしっかり見ると、まだ幼さの残る頬の膨らみは少しだけ痩せてしまい、あどけない寝顔は明らかに血色が悪い。
だが、片腕を点滴に繋がれながらも大事そうにぬいぐるみを抱きしめながら眠るその顔は確かに、穏やかで幸せそうだ。
「――アルベルトは、夢の中にいた方が幸せなんだろうか」
「え?」
「いや……何だかもうずっと、アルベルトの笑顔を見ていない気がしてね。長い眠りにつくようになる少し前から、アルベルトはよく俯くようになっていたんだ。私が小言ばかり言っていたせいかもしれないな、ってね」
「……ご家族のことは、僕にはわかりません。アルベルト様とお話したこともないので、どんな方で、どんなことを思っていたのかも」
フィンはそこで一度言葉を切り、アルベルトに向けていた目をオズワルドに向けた。
「だけど、きっとご家族ならわかるはずです。アルベルト様のことを大切に思っているご家族なら」
「だが、今の状態では話すこともできない。こんなことになるなら、もっと話を聞いてやれば良かった……っ」
そう言って苦しそうに顔を歪めるオズワルドに、フィンは「大丈夫ですよ」と微笑む。
「僕は、ノッカー・アップです。『目覚まし屋』に起こせない人はいません」
大袈裟なほどに張った胸を手で叩くと、安心させるようにニカッと歯を見せた。
「アルベルト様は僕が責任を持って起こします。領主様は、目が覚めたアルベルト様を抱きしめてあげてください」
息子とは違う身分の、平民の少年。
だけど、息子と同じような年頃の少年。
――ずっと、領民は“守るべき存在”だと思っていた。身分差を厭うわけでも、自分の身分を誇示するつもりもないが、あくまでも「持つ者」と「持たざる者」として線を引いていた。だからこそ、「持つ者」が「持たざる者」を“守るべき”だと。
だが、今目の前にいる少年は、決して「持たざる者」などではない。むしろ、――
「――ああ、わかった。寝起きのアルベルトを抱きしめ、しっかりと話をすると誓うよ」
「そうしてあげてください。きっと、それが何よりの薬になるはずですから」
慈愛に満ちた笑顔は、フィンの心を上手に隠してくれる。奥の方で感じる痛みも、アルベルトに感じてしまう羨望も。
――夢の中になんて閉じこもってないで早く気づけばいい。愛してくれる父親がいること。抱きしめてくれる温もりがある幸せに。
そんな、声に出せない思いも。
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