3.領主子息――アルベルト・ローゼンフェルトの現況
「十日って……大丈夫なんですか? 何も食べてないのって危ないんじゃ……」
「そうなんだ。元々は問題がなかった身体も、今ではすっかり痩せ細ってしまってね。何とか点滴で栄養は送っているんだが……今の状態が長引くほど、アルベルトは衰弱していくと医者に言われたよ」
フィンの疑問に、オズワルドは力なく答える。その姿は、『領主』という遠い存在ではなく、息子の身を案じる『父親』そのものだった。
「それは心配ですね……。アルベルト様がどんな方なのか、聞いてもいいですか?」
「もちろんだとも。そうだな、アルベルトは――少し内気なところがあるが、人の心を思い遣ることができる優しい子だ」
「今、おいくつなんですか?」
「今年で十二歳になるな。次期当主としての勉強も本格化していかなければならない歳なんだが……」
十二歳。フィンは、アルベルトが自分と同じ歳だったことに驚いた。
貧困層の子供達は十歳になる頃には何かしらの仕事を始める。だが、それはあくまでも自分達が食べていくためのものだ。
文字の読み書きすらできないから、勉強なんてしたこともない。……この大きな家を守っていくための勉強はきっと大変なものなんだろう、と漠然とした想像しかできなかった。
「そういえば、アルベルト様のお母様はどうしているんですか?」
「今は療養中なんだ。産後の状態があまり良くなくてね」
「あ……。すみません、ご家庭の内情を聞いてしまって」
「いや、気にしないでくれ。この半年ほどで妻も大分体調が落ち着いてきていてね。次男と共にのんびり過ごしているよ」
「それなら良かったです。――ん? 半年、ですか?」
深く考えずに質問してしまったことを反省し、返ってきた言葉に安堵したフィンは、その中にあった“期間”に反応する。
「ああ。産まれたのが半年前だからね。時間を見て顔を見に行っているが、すっかり元気そうで安心していたところなんだ」
「だから、あとはアルベルトさえ――」と続けるオズワルドの声を遠くに聞きながら、フィンはアルベルトを思う。
――もしかして、それが原因なのでは? と。
「お母様は今のアルベルト様の状態を知っているんですか? 何か、お話をされたりとかは?」
「実は、詳しくは伝えていないんだ。妻自身の体調のこともあって、しばらくアルベルトとは顔を合わせないようにしていたし、心労が溜まるのも良くないしね」
「……もともと、お母様とアルベルト様の仲は良かったんですか?」
「ああ、アルベルトは妻が大好きだったよ。ただ、その分甘えもあったから心配なところでもあってね。だから今回の出産を機に母離れできたら、とも思っているんだ」
……それじゃん。絶対それが原因じゃん。弟が産まれたことで大好きなお母さんと離れることになって、しまいには会うことすらもできないなんて傷つくに決まってる。
その可能性に気づいてないのか。それとも貴族ならそれが当たり前なのか。 アルベルト様、可哀想に――そんなことを思いながらも、決して声に出してはいけない言葉だとわかっているフィンは一言、「そうなんですね……」とだけ返した。
一度起こした後に同じことが繰り返されないように、どうにかアルベルトの話を聞かなければ、と心に決めて。
「あの、では僕への依頼は、その起きなくなってしまったアルベルト様を起こす、ということでいいのでしょうか?」
「ああ。……頼まれてくれるかい?」
「もちろんです。それが僕の仕事なので」
にっこり微笑み快諾の意志を示すと、安心したようにオズワルドも笑みを見せる。
「ただ、僕はいつもこの棒で外から窓を叩いて依頼者様を起こします。でもこんなに立派なお屋敷の窓を叩くのは怖いので……お部屋の中にお邪魔してもいいでしょうか?」
そして、申し訳なさそうにそう願い出るフィンの様子に、思わず破顔するのだった。
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