2.領主――オズワルド・ローゼンフェルトの依頼
「おお……でっかい家」
この町には平民しか住んでおらず、その住宅と言えば木造の平屋か、二階建てのアパートメントくらいだ。
町唯一の貴族……領主である男爵家の邸宅は、城と見紛えてもおかしくないほど大きく、立派な造りをしていた。
流石に無断で侵入するわけにいかず、フィンは門兵に声をかける。
「あの、すみません。僕、ノッカー・アップのフィンと言います。執事のクロードさんの紹介で来たんですが……」
フィンは、貴族家へのマナーなんて知らない。自分が使える精一杯の敬語を使い、用件を伝えると、不審げにフィンを見ていた門兵の顔が少しだけ緩んだ。
「ああ、クロードさんから話は聞いている。今呼びに行かせるから、ここで少しばかり待っていてくれ」
「はい。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、対応してくれた門兵の隣に並ぶ。堅い雰囲気を持ちながらも、優しさを感じさせるその声にフィンは少し力を抜いた。
ちらっと横目で盗み見ると、鎧をまとったその身体は上背があり、がっしりとしているのがわかる。
綺麗に揃えられた金色の短髪がよく似合っていて、渋めの横顔はキリッとしていてとても頼りがいのありそうな男だ。
「全然違うもんだなぁ……」
思わず、先ほど起こしに行った、無精ひげを生やした町の門兵――グレンのことを思い出しポソッと声が出てしまった。
「ん? 何か言ったか?」
「い、いえ。何でもないです」
「そうか?」
慌てて誤魔化し、正面へと向き直る。そして、驚いて少しだけドキドキしている胸を押さえ、空を見上げた。
――フィンの知る門兵とは全然違う。
町の門兵であるグレンは、似たような鎧を着ていても、雰囲気がもっと緩い。町中でフィンを見かけるといつも手を振ってくれるような、気の良い兄ちゃんなのだ。
そんなグレンの様子を思い出して気持ちを落ち着かせていると、クロードが若い門兵とともにやってきた。
「――お待たせいたしました、フィン殿。旦那様がお会いするそうなので、どうぞこちらへ」
「おはようございます、クロードさん。……僕、こんな格好ですけど大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんでございます。お招きしたのは我々でございますので、お気になさらず」
今日は一応、貴族の家を訪問するということもあって自分が持っている中で一番綺麗な服を着てきたフィンだが、皺一つない燕尾服を着ているクロードと並ぶと気後れしてしまう。
だが、住む世界が違う相手だ。服装はどうしようもない。――仕方ない、と割り切り、とにかく失礼だけはないように心に決め、クロードの後をついていった。
*
通されたのは、高そうな置物や絵が飾られた部屋だった。中央には見たことがないような光沢を放つテーブルと上等な布で覆われている大きな椅子が置いてある。
座って待つように言われたが、とてもではないが座れない。
物珍しさに思わずキョロキョロと視線を彷徨わせながら、フィンは大きな椅子の横に立っていた。
「いや、すまない。待たせてしまったね」
しばらくの間そうしていると、身なりのいい穏やかそうな顔の男性が入ってきた。後ろにはクロードが控えているので、この人が領主なのだろう。
「いえ、大丈夫です! 初めまして、僕は……」
初めて顔を合わせる領主へ、フィンは背筋を伸ばし挨拶をする。だが、言葉の途中で領主に手で制されてしまった。
「まずは座ってくれ。そんなに硬くならず、気を楽にしてほしい」
「は、はい……っ、失礼します」
言われるがままに腰を下ろすと、身体が沈む感覚に驚く。木製の椅子にしか座ったことのないフィンには、初めての感覚だった。
「来てくれてありがとう。私は領主のオズワルド・ローゼンフェルトだ。改めて、君の名を聞いても?」
「はい、僕はノッカー・アップのフィンと言います。今日はご依頼、ありがとうございます」
「フィンくんだね。よろしく頼むよ。さて……依頼については、どこまで聞いていたかな?」
「え、っと、領主様の息子さんが中々起きないので、起こしてほしいと」
「……そうか」
オズワルドはそこで言葉を切ると、ひとつ息を吐いた。柔らかな笑顔に影が落ちた気がして、フィンはキュッと唇を結んだ。
「どんな状態か、聞いてもいいですか?」
「……ああ。ただ、これは他言無用で頼む」
「もちろんです。依頼者様の秘密は守ります」
「助かるよ。うちの息子――アルベルトは、もうずっとまともに起きていないんだ」
告げられたその内容に、思わず目を瞬かせる。
「起きていない、というのは……? 眠り続けているということでしょうか?」
「ああ。時折目を覚ますことはあるが、またすぐに眠りについてしまうんだ」
「病ではないのですか?」
「医者に見せたが、特に問題はないそうだ。半年ほど前から睡眠時間が長くなっていたんだが、気づけば起きている時間の方が短くなっていてね。……ここ十日ほどは、食事すらすることなく眠り続けているよ」
ノッカー・アップとして、フィンは様々な人の『寝起き』を見てきた。
すぐに起きられる人ばかりではなく、「起きたくない」とごねる人もいた。「仕事に行きたくない」と泣く人もいた。「悪夢ばかりを見て寝不足だ」という人も。
その一人一人の話を聞き、寄り添い支えながら、皆を『起こして』きたのだが……そんなフィンでも、「眠り続けている」という人に会うのは初めてだった。
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