静かな決意
アルフレドが地に倒れ伏した瞬間、私は魔法を解禁した。
「……もう、隠し事は終わりよ」
私の周囲の空気が振動し、淡い光の粒子が部屋を埋め尽くした。驚愕する宰相たちを、私は一瞬で眠りの魔法でその場に縫い付ける。魔法の暴走ではない。ただ、彼らの高ぶった感情を穏やかに鎮め、少しの間だけ夢の中にいさせるための、優しくも強制的な慈愛だ。
私はボロボロになったアルフレドを抱きかかえ、そのまま王妃様の私室へと転移した。
「あら……フェスティア、あなた……」
王妃様は私のただならぬ気配と、血に染まるアルフレドを見て、すべてを悟ったように静かに駆け寄ってきた。私は言葉少なに事の次第を説明した。私がどれほど愚かだったか、そして、アルフレドがどれほど愚かで愛おしい男か。
「……アルフレド、貴方はなんて馬鹿なことを」
王妃様は涙をこらえ、すぐさま宮廷医を呼びに走る。
アルフレドは高熱にうなされながらも、うわ言のように私の名前を呼んでいた。
「……フェスティア……逃げろ……俺の……胃が……もたない……」
「……馬鹿。胃薬なんて、もう飲まなくていいのよ」
私は彼の手を握りしめ、自分の魔力を少しずつ、彼に分け与えた。
魔女の寿命は悠久だ。けれど、こうして私の魔力を分け与えることは、彼に私の時間を少しだけ分かち合うことと同じ。つまり、彼を「私と同じ、終わりのない存在」に近づけてしまうかもしれないという、禁忌の儀式だった。
(でも、彼がいない世界なんて、私には必要ない)
私は彼を救うためなら、300年の平穏なんて捨ててもいいと本気で思っていた。
数日後。アルフレドは目を覚ました。
窓辺で彼を見守っていた私は、彼が意識を取り戻したのを見て、ホッと息を漏らした。
「……フェスティア? 俺は、死んだのか?」
「いいえ。あなたは生きてる。私の手の中で」
彼は状況を理解し、苦笑いをした。
「……結局、君は逃げなかったんだな」
「逃げられるわけがないでしょう。私の『人生』の主役が、こんなところで終わるはずがないんだから」
その時、私ははっきりと自覚した。
彼が私を守るために命を削ったように、私もまた、彼という存在を愛することで、この閉ざされた宮廷に新しい風を吹き込んできたのだと。
「アルフレド。私、決めたわ。もう魔法で隠したり、誤魔化したりするのはやめる。……私のやり方で、この宮廷を、この国を、ちゃんと『生きた場所』に変えてみせるわ」
アルフレドは、弱々しいながらも力強く私の手を握り返した。
「ああ……なら、俺は一生、君の『胃薬』代わりになってやるよ」
それは、死を覚悟した二人による、新しい日常への宣誓だった。
宮廷の外では、宰相が失脚し、王が事態を重く見て方針を転換したという噂が流れていた。私たちが築いた「点」は、もはや誰も消せない「線」となって、この国を変え始めていた。
私はもう、森の孤独な魔女ではない。
彼と明日を約束する、一人の女性として、窓の外の青空をまっすぐに見つめていた。




