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窓を開ける魔法

王妃様のお墨付きを得たことで、私の立場は「怪しげな下働き」から「王妃付きの相談役」へと変わった。けれど、宮廷の空気は相変わらず重い。


今日の私は、王室会議の準備で慌ただしい執務室の掃除を任されていた。重臣たちが集まり、国境付近の紛争について声を荒らげている。彼らの怒号は、まるで鋭い刃物のように室内の空気を切り刻んでいた。


(……息が詰まるわね)


私はふと窓を見た。外は最高のお天気なのに、室内の窓はすべて頑丈に閉ざされ、重たいベルベットのカーテンで覆われている。


「ねえ、皆様。少しだけ、窓を開けませんか?」


私の言葉に、大臣の一人が眉をひそめた。

「何を言うか! 我々は今、国家の存亡に関わる重要な会議中だぞ。外の喧騒を入れるなど言語道断!」


アルフレドが私の横に立ち、ヒヤリとする視線を投げかけてくる。『フェスティア、大人しくしろ』と顔に書いてある。でも、私は止めなかった。彼らの目の下の隈と、こわばった肩を見ていたから。


「でも、外の風は気持ちがいいですよ。……森の風と同じくらい、人を素直にする匂いがする」


私はカーテンに触れた。結び目をほどくのではなく、カーテンそのものに『光を透過し、空気を浄化する』魔法をかける。

布地がふわりと変質し、カーテン越しに眩しい陽光が会議室に差し込んだ。そして、意図的に風の通り道を魔法で作り出す。


部屋を通り抜けた一陣の風が、重臣たちの書類を優しく揺らし、室内の澱んだ空気を外へと連れ去った。


「……ん?」


騒いでいた大臣たちが、ふと沈黙した。

窓から入り込んだ初夏の柔らかな風が、彼らの火照った顔を冷やしていく。どこからか微かに、庭の花の香りが届く。


「……少し、頭が冷えたな」


さっきまで怒鳴っていた大臣が、小さく呟いた。

張り詰めていた空気が、まるで氷が解けるように緩んでいく。彼らは自分の席に座り直し、先ほどよりもずっと冷静なトーンで話し合いを再開した。


会議のあと、アルフレドが私の元へ歩み寄ってきた。彼は私を執務室の端へ連れて行くと、壁に手を突き、逃げ道を塞ぐように私を見下ろした。


「……貴様、またやったな」


「あら、少し風通しを良くしただけよ?」


「……おかげで、会議はいつもより二時間も早く終わった。……王も、大臣たちも、どこか穏やかな顔をしていた」


アルフレドは大きくため息をつくと、私の髪を無造作に撫でた。怒っているのではない。ただ、私という存在がもたらす変化に、自分自身が一番戸惑っているのだ。


「……あまり目立つなと、あれほど言ったのに」


「ふふっ。でも、アルフレドも少しは肩の力が抜けたでしょう?」


私の問いに、彼は一瞬だけ目を見開き、それから少しだけ口角を上げた。


「……ああ。君のせいで、俺の胃痛も今日は少しマシだ」


私の魔法は、権力を覆すような力じゃない。けれど、誰かの心を少しだけ解きほぐす力はある。

執務室の窓辺で、私はアルフレドの横顔を見上げた。彼が私のために必死になってくれるこの時間は、どんな魔法よりも温かい。


私たちの「ささやかな日常」が、少しずつ、確実に宮廷の空気を塗り替え始めていた。

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