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師団長、胃薬を買いに走る

私が後宮の下働きとして働き始めて、三日が経った。

宮廷での仕事は驚くほど単調だ。……私の「ちょっとした工夫」を無視すればの話だけど。


今日の担当は、王宮でも特に静寂が求められる東回廊の掃除だった。重厚な絨毯に少しでも汚れがつくことは許されない。私は溜息をつきそうになったけれど、ふと思い付いた。


「そうだわ。絨毯そのものを『汚れないように』してしまえばいいのね」


私は指先を小さく弾いた。絨毯の繊維一つ一つに、汚れを自動的に弾き飛ばす微細な魔力を行き渡らせる。これで完璧。私は満足して、窓の外で咲き乱れる庭の花々を眺めながら鼻歌を歌っていた。


「おい、そこ!」


またあの厳しい声だ。廊下の角から、アルフレド・バーンズが部下を連れて現れた。彼は私の鼻歌と、回廊のあまりの清浄さに眉をひそめる。


「フェスティア、と言ったか。……貴様、また何かしたな」


「あら、師団長さん。お疲れ様。今日も顔色が冴えないわね」


私は手元にあった布で、アルフレドの頬をポンポンと叩く。彼は青ざめて私の手首を掴んだ。


「やめろ……! 貴様は自分が何をしているか分かっているのか? ここは王の住まう宮廷だ。どんな些細な術も、王を害する兆候と見なされる可能性があるんだぞ!」


「でも、これだけ綺麗なら王様も喜ぶでしょう?」


私はきょとんとして首を傾げる。アルフレドは深い溜息をつき、こめかみを押さえた。彼が懐から出したのは、小瓶に入った黒い粉――どうやら宮廷医特製の、強烈な胃薬らしい。


「……君のその『悪気のない善意』が、俺の胃を一番苦しめる」


アルフレドは、困り果てたような、でもどこか必死な眼差しで私を見つめた。

その時、たまたま通りかかった貴族が、不審そうにこちらを見ていた。アルフレドはとっさに私を自分の背中に隠し、貴族を威圧的な視線で追い払った。


「フェスティア。……この後、俺の執務室に来い。今後の『宮廷での過ごし方』について、徹底的に指導してやる」


「指導? もしかして、美味しいお茶の淹れ方を教えてくれるのかしら!」


「違う!」


アルフレドは真っ赤になって怒鳴ると、スタスタと歩き出した。私はその後ろ姿を見て、またふふっと笑った。


(なんだか面白い人ね。……あんなに私を避けるのに、私の魔法の痕跡を一番最初に隠そうとしてくれるなんて)


執務室に向かう途中、私はこっそりとアルフレドの背中に「足の疲れがとれる魔法」をかけておいた。彼は気づかずに歩いているけれど、今の彼にはきっと、少しの休息が必要なんだわ。


「ねえ、アルフレド。今日の夕食は、私が美味しいスープを作ってあげるわ。お野菜も、森から持ってきた特別製よ」


「……だから、勝手に持ち込むなと言っているだろう!」


宮廷の静かな回廊に、彼の怒鳴り声と、私の笑い声が響く。

この日から、近衛師団長の胃薬の消費量は、王都一になったという噂が宮廷に広まることになった。

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