魔女、王都の風に吹かれて
300年という月日は、人間にとっては永遠にも等しい時間だ。けれど、辺境の森の主である私、フェスティアにとっては、昨日と今日の境界線のようなものに過ぎない。
「あら、今年もきれいに咲いてくれたわね」
私は指先を軽く振る。それだけで、森の奥深くで蕾をつけていた妖精花が一斉に開花し、辺り一帯が甘い香りに包まれた。300年前、困り果てていた村人を助けるために魔法を使って以来、この森は私の庭となり、村の人々にとっては「奇跡の場所」となっていた。
けれど、最近どうも退屈なのだ。
魔法を唱えれば願いは叶う。村の人々は優しく、私の日常は穏やか。だが、世界のどこかでは新しい時間が流れ、新しい歴史が紡がれているはずだ。300年前に見た王都の景色は、今どうなっているのだろう。
「よし、行ってみよう。300年ぶりの都会へ!」
私は一念発起し、黒髪をたなびかせながら、森の結界を飛び出した。
王都の広大さは、私の記憶を遥かに超えていた。石造りの巨大な建物、馬車の喧騒、行き交う人々の熱気。私は胸を躍らせながら、まずは生活の拠点を確保しようと、職業斡旋所へと足を運んだ。
「名前はフェスティア……特技は、ええと、お掃除と、ちょっとした手入れかしら」
窓口の職員は、私の可憐な容姿と明るい雰囲気に少し目を丸くしていたが、すぐに一枚の張り紙を指差した。
『王宮後宮、下働き急募。身元不問、住み込み可』
「あら、面白そう。後宮なら、この国の中心が見られるかもしれないわね」
私は即座に応募した。まさか、そこが自分の300年の歴史の中で、最も心騒ぐ場所になろうとは思いもせずに。
翌日、私は宮廷の門をくぐった。
高い天井、磨き上げられた回廊、そしてどこか張り詰めた空気。なるほど、ここが権力の中心か。少しばかり息が詰まりそうだが、同時に期待も膨らむ。
「……君、何をしている」
不意に、背後から低い声が響いた。
振り返ると、そこには磨き上げられた銀色の鎧を纏い、眉間に深い皺を刻んだ騎士が立っていた。近衛師団長、アルフレド・バーンズだと、通りがかりの女官が小声で囁いているのが聞こえる。
「あら、ごめんなさい。掃除の仕方を少しだけ工夫していたの」
私は無邪気に微笑んだ。
回廊の端に溜まっていた埃が、私の指先のわずかな動きで、魔法のように一瞬にして消え去った。アルフレドは目を剥き、剣の柄に手をかけながら、まるで異物を見るような目つきで私を凝視した。
「今の……魔法か? ここは宮廷だぞ。身分も分からぬ女が、勝手に魔法を使うなど――」
「心配性ね。でも、ここって少し空気が淀んでいるでしょう? 少しだけ、風通しを良くしてあげただけよ」
私は彼の鎧の肩に少しだけ積もっていた埃を、魔法で優しく払い落としてあげた。
彼は呆然とし、そして顔を真っ赤にして口ごもった。
「貴様……いい加減な真似を……っ」
怒っているのか、それとも驚いているのか。その表情があまりに真面目で、私にはとても面白く見えた。300年ぶりの都会で出会った最初の人物。この堅物な騎士様と、どんなお付き合いになるのかしら。
私は彼の反応を楽しみながら、思わずふふっと笑った。これが、私とアルフレドの「長く、騒がしく、そして愛おしい日常」の始まりだった。




