第9話 日向の部屋に私と後輩たち
「……」
どうしてこんなことになったのか。
事の発端は、クラスメイトであり私の中学からの友人でもある日向とその妹小景。連絡を絶っていたふたりの間に何かが起き、妹が直接日向に謝りに来たことだった。仲直りの過程で私は一般的な姉のクラスメイトとして妹と関わったが、結果として顔を覚えられてしまい、今はふたりの勉強会に誘われて日向の家におじゃまさせてもらっている。
あまり気乗りはしないが、断るのもそれはそれで悪い気がして結局一緒に勉強することになったのだが、妹側も友達を1人連れてきたらしく、彼女と私は一切の接点がない。気まずい、非常に気まずい。
――数分前
4人は一つの机を囲んで座っている。日向のワンルームの家には4人というのは限界ぎりぎりの人数だった。遅れて合流した私は後輩たちと自己紹介をすることになった。
「改めまして。林小景です。この前はありがとうございました」
「気にしなくていいわよ。私は伊藤優里。優里でも伊藤でも好きに呼んで」
深々と頭を下げる妹に私は軽い挨拶を返す。
「じゃあ優里先輩で」
「……」
「先輩」、その響きは少しむず痒い気がする。中高と文化部系の私にとっては先輩後輩の概念が希薄な場所で過ごしてきた。そのせいもあって「先輩」は年齢的な上下を感じてあまり居心地がよくない。とはいえ好きに呼べと言った手前、変更を要請することはしなかった。
「そしてこの子が――」
「はじめまして。小景の友達の美華です!よろしくお願いします。お姉さんとは先に自己紹介しちゃったので、優里先輩!これからよろしくお願いします!」
「そ、そうね、よろしく。美華さん」
「美華ちゃんでいいですよ!」
「……」
これがコミュ強というものなのか?初対面の人間に全く物怖じしないその姿勢は称賛に値するが、私としてはもう少し大人しい子の方が嬉しかった。私がたじろいでいると家主が口を開いた。その内容に私は耳を疑うことになる。
「よし、自己紹介も済んだことだし、私飲み物とお菓子買ってくるね」
何を言ってるんだ日向は?家を空けることの防犯意識が――とかを言いたいわけではない。私をこの後輩たちの前において1人で買い物に行こうとしている?腰を上げた日向を私は慌てて呼び止める。
「日向ちょっとまって、それなら私が――」
「いいよいいよ。優里は座ってて!スーパーすぐそこだから」
「いやそういうことじゃ――」
私が言い終わるより前に日向は部屋を出て行ってしまった。
――そして今に至る。
いやいやいやいや、気まずいでしょうが。友達の妹とその友達と私?いったい何話せばいいのよ。せめて日向の買い出しに私もついていければ。……くそっ、何か話題を提供しなくては。
「ふたりは部活とか入ってるの?」
初対面の高校生のいっちばん手前の話題を私は頑張ってひねり出す。私の苦労を知ってか知らずか美華はそれを受け取って投げ返す。
「私はバスケやってます!小景はバド。私たち普段は寮と体育館にしかいないので今日結構楽しみにしてたんですよ!優里先輩は部活入ってるんですか?」
寮生、この学校にスポーツ特待で入学することが決まった生徒の多くが選ぶ選択肢。つまりこの子たちは秀でたスポーツの才能を持っており、さらなる活躍を期待されてこの学校に入学しているということ。
「私は文芸部に所属してるわ。といってもそこまで熱心に活動しているわけではないけれど。――そういえばふたりは同じ部活じゃないのね。てっきり同じ部活かと思っていたのだけれど」
これは私の偏見かもしれないが、学生のコミュニティは部活動によってある程度形作られると思っている。同じ部活という強烈な共通点が新しい学校生活の始まりにはちょうどいい繋がりになる。必然的に同じ部活のメンバー同士で交友関係が深まるものだ。運動部なんてより顕著だろう。クラスに同じ部活の生徒がいないからとも考えられるが、バスケとバドミントンはどちらも人気のある部活でクラスに部員がいないとも考えられなかった。そこで私はひとつ仮説を投げかける。
「あなたたちは中学からの知り合いなの?」
「っ!そうなんです!どうしてそう思ったんですか?」
「――それは、なんとなくよ」
運動部という雑なくくりの偏見による推測だなんて言えるわけなく適当に言葉を濁す。いつの間にか私は美華とばかり会話していた。この子はこの子で場を持たせようとしてくれているのだろうが、私は余計な気を遣って妹とも話をしてみることにした。
「そういえば小景さんはどうしてこの学校に?日向がいること知らなかったんでしょ?」
ここまで話して私は自分のミスに気が付いた。慣れない状況で思考が回っていなかった。
彼女はおそらく人と話すことは意外と得意ではないんだろう。距離の詰め方も慎重に見える。それは今の状態をみての判断だが私と美華の話に入ってこないことからあながち間違いでもないように思える。
となると先日の行動が引っかかる。妹が日向と仲直りした日の放課後だ。彼女は私に連絡先を尋ねてきた。当初は距離の詰め方が速い子だという評価だったが今の状況と照らし合わせるとどこか噛み合わない。とするなら、姉の事情を知っていそうな人にあたりを付けようとしていた。のではないか?だとすると今の私の問いはクリティカルになる。私は日向が小景に進学先を知らせていないことを知っている前提の質問をしてしまっている。
私は日向の事情をおおよそ知っていて、妹がそれを知らないことを知っている。日向が話さない選択をしている以上私から与えてやる情報なんかないはずだったのに、私はしっぽを出してしまっていた。私にできることはこの前提が全て間違っているか、合っていても今の質問から察しないことを祈るだけだった。
「私は、おばあちゃんからお姉ちゃんがこの学校にいることを教えて貰ってて」
「それで小景はわざわざお姉さんを追いかけてきたんだもんね!」
「……うん、そうだ先輩、改めて連絡先、交換しませんか?」
疑う思考が止まらない。私はとっさに断ろうとしたそのとき――
「ただいま!みんな何してたの?」
日向が帰ってきた。日向の問いを妹はすぐさまキャッチする。
「優里先輩とお話ししてたの。もっと仲良くなりたくて連絡先教えてください!って言ってたとこ」
「そっか優里はどう?」
もうこの状況じゃ断れない。しぶしぶスマホを出し連絡先を交換する。妹からすぐさまメッセージが飛んできた。
「これからよろしくお願いします!」




