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第8話 勉強会前の私と美華

「ねぇ、それで結局どうなったの?」


 翌朝、登校した私を美華みかが捕獲して自分の席の前に座らせる。昨日の結果が気になっていたのか、普段よりも早く着いていたみたいだった。


「それで?結局仲直りはできたの?」

「うん、それは無事成功した。それに改めて連絡先も交換できた」

「よかったね~晴れてツンツンモードはおしまいってわけだ!」

「もう、茶化さないでよ」


 そう言って不満を顔に出すと、美華はわざとらしく手を頭にあてぺこぺこと空謝りしていた。


「で?お姉さんの()()についてはどうするの?今まで誰にも教えてもらってなかったんだもん。多分昨日も教えてくれなかったんでしょ?」

「……うん、でも今は一旦後回しにしようかなって。まずは昔みたいな姉妹に戻る時間にしたい」

「そっか、その方がいいのかもね。よし!じゃあ一段落ってことで次は――そう、テスト!」


 テスト――昨日からきれいさっぱり忘れることに成功していたというのに美華は容赦なく現実を突き付けてくる。


「うっ、そうだよね。再来週にはもうテスト……」

「来週からは部活もテスト前休みに入るでしょ?だからほら、また中学の時みたいに一緒に勉強会しようよ!」


 勉強会、私たちにとっては半分は勉強して半分はだらだらする状態のことを指している。でも私だけだとだらだらするに偏るから、まだましな状態ではあるんだけど。なんて考えていたところで――閃いた!


「……お姉ちゃんに勉強教えてもらおう!」

「え、お姉さん3年だよね?迷惑じゃない?」

「わかってるって。だからダメもと。断られたら大人しく美華のとこに戻ってくる」

「なにそれ、私はキープってわけ?」

「そ、愛人枠として待っててね」


 なんて他愛ない冗談を交えつつ、私はお姉ちゃんにDMを送る。


「お姉ちゃん。来週からテスト前で部活も休みになるんだけど、よかったら勉強教えてくれない?忙しかったり迷惑だったら全然断ってくれていいから」


 私にしては丁寧な文章を送ると、意外にもすぐに返事が届いた。


「いいよ。ちょうどこっちからも勉強の様子を聞こうかなって思ってたから」


 今まで連絡が取れなかったのが嘘みたいな普通の日常会話。少しにやついてしまう。なんだか全てがいい方向に進んでいる気がする。根拠はないけどテストも大丈夫な気がしてきた。


 場所はどこがいいかな?昨日のファミレスは結構よかった。学校からも近いし、チーズケーキもおいしかった。でも、お姉ちゃんの財布に負担はかけたくない。もちろんまた奢ってもらおうとしてるわけじゃない。でも私のイメージする一人暮らしの学生ってそんなに羽振りがいいものじゃない。それなら、図書室とかが定番なのかな?なんて考えてるとお姉ちゃんから追加でメッセージが送られてきた。


「場所はどうしよっか?何もないけどうちくる?」


 ――ウチクル?うちくるってどういう意味?お姉ちゃんの家に行くってこと?いや、だって、まさか、そんなはずはない。だって一人暮らしの家って言ったらそれはもうパーソナルスペースのかなり内側じゃない?謝ったとはいえあんなことした人間をふたりきりの空間に招くというのは無防備すぎる気がする。それはむしろ私が怖い。


 私は必死に考え抜いた末に出したなけなしの解決策をお姉ちゃんに送る。


「お姉ちゃんの家気になってたんだ!おじゃまさせてもらおうかな!そういえばお姉ちゃんと仲のいい先輩いるでしょ?ちょっとツンってしてる人。その人も勉強会に誘えないかな?昨日お世話になったから私も友達になれたらなって」


 苦肉の策だった。お姉ちゃんの家には正直かなり行ってみたい。今のお姉ちゃんがどんな生活を送っているのかは、すごく気になる。けど、ふたりだけになるのは怖かった。だから、もうひとり。私としては美華が一番いいけど、お姉ちゃんからしてもいきなり知らない後輩を教えるのは気まずいと思う。だから、お姉ちゃんの友達を利用させてもらうことにした。ごめんなさい、先輩。それに、友達になりたいっていうのは別に嘘じゃない。


優里ゆうりのことかな?聞いてみるね」

「ありがと!!!!」


 あとはどうにでもなれだ。目線をスマホから美華に戻す。すると美華は明らかに不満そうに私を見ていた。


「ずいぶんと仲いいね。私のこと忘れちゃったんじゃないかと思った」

「ごめん。早速で悪いんだけど相談いいかな?」

「はいはい、どうせ私は都合のいい女ですよ」

「ごめんってば~」


 わざとらしく口を尖らせて、ぷいっと横を向いた美華に今度は私が空謝りする。ひと通りの茶番に満足したのか美華が私の方に向き直る。


「それで、今度はどうしたの?」

「それが、お姉ちゃんが勉強教えてくれることになった」

「え~よかったじゃん!別に何も悩むことないじゃん」

「場所が問題なんだよ。お姉ちゃんがね、『うちに来る?』って言ってんの」

「え?いいじゃんふたりっき――」


 そこまでで美華の言葉は止まる。昨日私は美華に白い部屋での出来事をある程度話している。それはつまり「私はお姉ちゃんをふたりだけの空間で押し倒した」ことを知っているということ。


「そう、あまりにも無防備すぎない?仲直りっていってももう少し、ほら、警戒とかするものだと思うの。だから私はファミレスとか図書館とかにしようかなって思ってたんだけど――」

「お姉さんの方から――」

「そう、だから私の方がむしろ怖くなって。それで昨日ちょっと話したお姉ちゃんと仲のよさそうな先輩も一緒に呼んでもらえないか頼んでみたところ」

「そっか、っていうか相談は何だったの?」

「相談、っていうより私のこの感覚は合ってたよね?って美華に確認したくて」

「私は正しかったと思うよ。気を付けてても何がお姉さんにとって良くないのか分からない以上、事故は起こるかもしれないから」

「そうだよね、ありがとう」


 私の判断を肯定してもらって一安心しているとお姉ちゃんからの連絡を知らせるバイブがポケットを揺らした。すぐさまスマホを開いてメッセージを確認する。


 「優里はOKだって。家広くないけど小景の友達も1人くらい呼んでも大丈夫だよ」


 私が頼んだとはいえ2対1じゃ私の居心地が悪いだろうという気遣いが届いていた。メッセージを読み終えた私は、その画面をそのまま美華に見せながら、


「これ!美華も来てくれない?」

「え~?愛人が本妻と出会ったら修羅場になっちゃうよ?」

「もう!その話はいいから!」

「ふふっ、はいはいわかりました。じゃあ私も行くって言っておいて。……っていうか私が一番気まずいじゃん。小景以外の人、全員はじめましてなんだけど」

「そこは美華なら大丈夫でしょ」

「まぁ気にしないけど」

「じゃあそういうことで来週からよろしく、目指せ赤点回避!」

「志が低い!」


 私は軽口をたたきながら、美華を連れていくことをお姉ちゃんに連絡して席を立ち、自分の席に戻る。

 

 高校生初のテスト期間は、不安よりも楽しみが勝っている状態で迎えることになった。勉強が楽しみというわけでは断じてない。今のお姉ちゃんを知ることと、お姉ちゃんの友達と知り合いになること。それは、私がもっとお姉ちゃんに近づくために大事なことだと確信していたから。

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