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白い部屋と黒い過去  作者: 士ロ田
エピローグ
74/76

その1 優里

「今、少し時間ある?」


 日向ひなた小景こかげを白い部屋に呼び出す計画を実行に移した次の日。計画の成功報告を受けた私の元に、追加で届いたメッセージ。


 私は嫌な気配を直感していたが、ここで断るのも変だったので、自分から日向に電話を掛ける。


「もしもし?おはよう優里ゆうり

「おはよう日向。それで?どうしたの?」

「えっと、ほら、お礼。お礼を言いたくて」


 お礼なら、さっきメッセージを貰っている。本題はこんなことじゃないことくらい誰の目にも明らかだった。


「違うでしょ?」

「うぅ、その通りです」


 耳に当てたスマホ越しに、日向の深呼吸が聞こえてきた。来る。


「私ね、小景に告白された」


 ほら、やっぱり。


 小景が日向に対して、並々ならぬ感情を抱いていることは、日向から直接聞いていた。


 日向は気が付いていないだろうけど、血の繋がっている家族に恋愛感情を向けられて、嫌悪感が先に来ていない時点で、日向の中にも、受け入れる余地があることは見て取れた。


 そして今回、日向の過去について、ふたりの中で折り合いがついたのなら、こういう進展を見せることは想像に難くなかった。


「それで?日向は私に何をしてほしいの?」


 言ってて空しくなる。その問題に、私の介入する隙間はない。


「違うよ優里。これはただの報告。それと、ごめん」

「……それは何に対して?」


 その「ごめん」が私を見透かしているような気がして、真意を尋ねてしまう。


「小景の気持ちから逃げるために、優里を利用したこと」


 心配のし過ぎだった。日向は自分の問題に私を巻き込んでいたことに気が付けた。それだけだった。


「余裕ができたのね?」


 安心しきった私は、上から目線で日向を褒めた。


「余裕?」

「今がいっぱいいっぱいだったから、私を利用したんでしょ?それを『悪いことしたな』って振り返ることができるようになった。そういう余裕」

「そうなのかな?」

「そうなんじゃない?ここ数日で何があったのか、その全部は知らない。けど、日向の中で何か吹っ切れたというか、折り合いがついたんじゃないの?」


 口を動かしているうちに、普段の調子が出てきた気がする。日向の言動にいちいち動揺していたのも、寝起きのせいだったのかもしれない。


「優里は私を怒らないの?」


 日向は、私に日向を糾弾するだけの権利があると思っている。でもそれは違う。


「怒らないわ。元をたどれば私が日向のことを大好きすぎて、小景シャットアウト計画を断れなかったのが悪いんだし」


 冗談めかして言ったけど、これが私の本心だった。


 中学のころから一緒にいて、日向の傷を見て、日向の支えになって、このままゆっくりと傷つけないように、日向の唯一になっていくつもりだった。


 そこに小景が現れて、私の知らない日向の過去にたどり着いた。お互いに傷つきながら、急速に近付いていった。


 私が最初に小景と出会ったときに言った「踏み込み過ぎ」というのは、自分に踏み込む勇気がなかったことを、正当化したかっただけなのかもしれない。


 完全に負けた。最初に日向の心の深いところへ踏み込んだのは、小景だったんだ。


(私が先に告白していたら結果は変わってたんだろうか?)


「優里」


 意味のない「もしも」を考えていたところに、日向の声が聞こえた。そうだ通話中だった。


「何?やっぱり怒ってほしいの?」


 私は精一杯強がった。いつものようなツンとした態度、そうでもしないと気持ちがばれてしまいそうだったから。


 それなのに――


「……ごめんね」

「っ!」


 この「ごめんね」は私の気持ちを知って言っている。やっぱり冗談めかしてでも「大好き」なんて言うんじゃなかった。


 あまりにも私らしくなかった。こんなんだから、日向に気を遣わせる。これ以上、みじめに日向へ縋りたくはない。


「だから、そういうときは『ありがとう』でいいんだってば。今度どうなったかだけ聞かせなさいよ。じゃあ、日向。またね」


 私は奥歯をかみしめて、精一杯の元気で日向に別れを告げて、スマホを耳から離した。


「え?うん。ありがとう、優里」


 左手のスマホから聞こえる日向の返事が終わったことを確認して、通話を切る。


 スマホをそのままベッドに落として、枕に顔を埋める。


「うぅ、ああ」


 よかった。ぎりぎり耐えきった。通話が切れた今、もう私の涙を止めるものは何もなかった。


 夏休みが明けても、私たちは変わらない。


 一緒にくだらない話をして、互いに読んだ本の感想を語る。一緒に勉強して、同じ大学に通う。


 一緒にいたいという願いはかない続ける。


 これからも、私たちは同級生として、親友として過ごしていく。


 その事実が、たまらなく嬉しくて、そしてつらかった。

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