その1 優里
「今、少し時間ある?」
日向が小景を白い部屋に呼び出す計画を実行に移した次の日。計画の成功報告を受けた私の元に、追加で届いたメッセージ。
私は嫌な気配を直感していたが、ここで断るのも変だったので、自分から日向に電話を掛ける。
「もしもし?おはよう優里」
「おはよう日向。それで?どうしたの?」
「えっと、ほら、お礼。お礼を言いたくて」
お礼なら、さっきメッセージを貰っている。本題はこんなことじゃないことくらい誰の目にも明らかだった。
「違うでしょ?」
「うぅ、その通りです」
耳に当てたスマホ越しに、日向の深呼吸が聞こえてきた。来る。
「私ね、小景に告白された」
ほら、やっぱり。
小景が日向に対して、並々ならぬ感情を抱いていることは、日向から直接聞いていた。
日向は気が付いていないだろうけど、血の繋がっている家族に恋愛感情を向けられて、嫌悪感が先に来ていない時点で、日向の中にも、受け入れる余地があることは見て取れた。
そして今回、日向の過去について、ふたりの中で折り合いがついたのなら、こういう進展を見せることは想像に難くなかった。
「それで?日向は私に何をしてほしいの?」
言ってて空しくなる。その問題に、私の介入する隙間はない。
「違うよ優里。これはただの報告。それと、ごめん」
「……それは何に対して?」
その「ごめん」が私を見透かしているような気がして、真意を尋ねてしまう。
「小景の気持ちから逃げるために、優里を利用したこと」
心配のし過ぎだった。日向は自分の問題に私を巻き込んでいたことに気が付けた。それだけだった。
「余裕ができたのね?」
安心しきった私は、上から目線で日向を褒めた。
「余裕?」
「今がいっぱいいっぱいだったから、私を利用したんでしょ?それを『悪いことしたな』って振り返ることができるようになった。そういう余裕」
「そうなのかな?」
「そうなんじゃない?ここ数日で何があったのか、その全部は知らない。けど、日向の中で何か吹っ切れたというか、折り合いがついたんじゃないの?」
口を動かしているうちに、普段の調子が出てきた気がする。日向の言動にいちいち動揺していたのも、寝起きのせいだったのかもしれない。
「優里は私を怒らないの?」
日向は、私に日向を糾弾するだけの権利があると思っている。でもそれは違う。
「怒らないわ。元をたどれば私が日向のことを大好きすぎて、小景シャットアウト計画を断れなかったのが悪いんだし」
冗談めかして言ったけど、これが私の本心だった。
中学のころから一緒にいて、日向の傷を見て、日向の支えになって、このままゆっくりと傷つけないように、日向の唯一になっていくつもりだった。
そこに小景が現れて、私の知らない日向の過去にたどり着いた。お互いに傷つきながら、急速に近付いていった。
私が最初に小景と出会ったときに言った「踏み込み過ぎ」というのは、自分に踏み込む勇気がなかったことを、正当化したかっただけなのかもしれない。
完全に負けた。最初に日向の心の深いところへ踏み込んだのは、小景だったんだ。
(私が先に告白していたら結果は変わってたんだろうか?)
「優里」
意味のない「もしも」を考えていたところに、日向の声が聞こえた。そうだ通話中だった。
「何?やっぱり怒ってほしいの?」
私は精一杯強がった。いつものようなツンとした態度、そうでもしないと気持ちがばれてしまいそうだったから。
それなのに――
「……ごめんね」
「っ!」
この「ごめんね」は私の気持ちを知って言っている。やっぱり冗談めかしてでも「大好き」なんて言うんじゃなかった。
あまりにも私らしくなかった。こんなんだから、日向に気を遣わせる。これ以上、みじめに日向へ縋りたくはない。
「だから、そういうときは『ありがとう』でいいんだってば。今度どうなったかだけ聞かせなさいよ。じゃあ、日向。またね」
私は奥歯をかみしめて、精一杯の元気で日向に別れを告げて、スマホを耳から離した。
「え?うん。ありがとう、優里」
左手のスマホから聞こえる日向の返事が終わったことを確認して、通話を切る。
スマホをそのままベッドに落として、枕に顔を埋める。
「うぅ、ああ」
よかった。ぎりぎり耐えきった。通話が切れた今、もう私の涙を止めるものは何もなかった。
夏休みが明けても、私たちは変わらない。
一緒にくだらない話をして、互いに読んだ本の感想を語る。一緒に勉強して、同じ大学に通う。
一緒にいたいという願いはかない続ける。
これからも、私たちは同級生として、親友として過ごしていく。
その事実が、たまらなく嬉しくて、そしてつらかった。




