第72話 返事とリベンジと小景と私
先週と同じ待ち合わせ場所で、先週と同じ時間に待ち合わせた私と小景。
前回、一緒に見ることができなかった映画を、改めて見に行くことになっている。
前回は小景が先に待っていたこの場所で、今日は私が小景を待っている。空を見上げると、そこに雲はひとつもなくて、まさしく快晴といったところだった。
日陰にいてもアスファルトが放つ熱気から逃げることはできなくて、意識を少し集中させれば、肌に滲み始めている汗を感じることができた。
小景に告白されてから今日までの数日間、意外にも私の生活は普段と何も変わらなかった。勉強をして、バイトをこなす。何も変わらない夏休み。むしろ気にすることが減っていた気さえした。
私の中で答えはもう出ていた。
「お姉ちゃん!」
少し離れたところから私を見つけた小景が、こちらに駆けてくる。
普段通りの高い位置でまとめられたポニーテールが、私に涼しげな印象を与える。
腰の位置から布地が段々になっている、いわゆる「ティアード」のまっしろなシャツワンピースに身を包んだ小景は、背の低さも相まって、ふんわりとしたいかにも女の子といった見た目に仕上がっている。肩から下げた黒のショルダーバッグと、同じく黒の少し底の厚いブーツがアクセントになっている。
ファッションに詳しくない私の適当な分析はともかく、私は感想を小景に伝えることにする。
「おはよう。小景。……えっと、その」
感想を言おうとした口がうまく回らない。前に行ったショッピングモールではすらっと出た「かわいい」が今は特別な意味に感じられて、私の動きを鈍らせる。
「どうしたの?お姉ちゃん」
私の緊張を余所に、小景はいつも通りの元気な小景で私を見ている。小景も、今日私から告白の返事を聞くことになると薄々察しているはずなのに、前回の反省からか、まるで緊張を表に出していない。
「ほっ、ほら!その服。すごく、かわいい」
精一杯絞り出した「かわいい」を受け取った小景は、ニコッと満足そうに笑う。
「ありがと!お姉ちゃん!お姉ちゃんもその服、すごく似合ってる。この前、一緒に本買ったときと同じ服だよね?」
「えっ!」
「あれ?違ったかな?」
言われて当時の服装を思い出す。確かにあのときも、シャツにスキニーパンツだった。いろいろあった先週はちゃんと違う服装だったのに、なんで今回はそういうことに頭が回らなかったんだ。
心の中で頭を抱えている私に、小景が一歩踏み込んでくる。
「この前は台無しにしちゃってごめんね。今日はちゃんと楽しめるから」
「……うん。それじゃあ、いこっか」
「うん!」
◇ ◇ ◇
最寄駅に着いた私は、映画館のある商業施設に行く前にやることがあった。
「小景」
「何?お姉ちゃん」
「映画館の前に行きたいところがあるんだけど、いい?」
「……うん。分かった」
私が歩いて向かったのは、近所の公園。そこで私は先週と同じベンチに腰を下ろした。
まだお昼前とはいえ、よく晴れた真夏。駅からここまで歩くだけで軽く汗がにじんでいる。なるべく時間はかけられない。私はなるべく手短に済ませようと自分に言い聞かせ、小景の方に顔を向ける。
「小景。大事な話がある」
「……うん」
私は目を閉じて、深呼吸をしてから再び目を開ける。小景も私につられたのか、深く息を吸っている。私たちの呼吸が揃ったような気分になる。
「私たち、付き合おう」
「……ほんとに?」
断られると思っていたのか、私の答えに小景はぽかんと口を開けていた。
「うん。私、いろいろ考えたんだよ。本当はね、小景にはいわゆる普通の人生を歩んで普通の幸せを掴んでほしかった。普通に進学して、普通に就職する。普通に男の人と付き合って。普通に結婚する。そして普通に家庭を持って、普通に年を取っていく。そこに私はいるかもしれないけど、少し離れた位置にいる。もしかしたら大人になった私たちは、年に1回くらいしか連絡とらなくなってたかもね。そういう普通を私は小景に望んでた」
私の思い描いていた小景の幸せの形。それは、私が押し付けようとしていた幸せの形でもあった。
「でも小景は、私といることに幸せを見出してくれた。私が考えた普通の幸せじゃなくても、小景は自分の幸せをちゃんと探している。だから私は『普通かどうか』で判断はしないことにした。ここまではすぐに答えが出てたんだ」
そして、次に私が考えるべきだったこと。
「あとは、私が小景のことを好きなのか。それだけだったんだけど、それは言うまでもなく、大好きだよ。でも、それは家族として小景が大好きで、恋愛対象としてどうなのかっていうのはすぐには分からなかった」
かつて、小景を遠ざけようと画策していたときも、私は「姉としての正しさ」を優先して行動していた。
「これもね、小景が教えてくれた。いつから私を恋愛対象として好きになったのか分からないって。てことは、私のこの『好き』も、小景と同じ『好き』に変わっていけると思うんだ。今日の待ち合わせに来た小景を見て、どきどきしちゃってたし、私も変わっていけてると思う」
小景が私に言ってくれたこと。それが今の私の選択を形作っている。私はもう、自分の考え方の一部に小景の言葉が入ってくることを受け入れているんだ。
「もしかしたら、私の好きが最終的に変わらないかもしれない。もしかしたら、小景が私の描いてた『普通』の幸せの方に魅力を感じるかもしれない。もしかしたら、普通に喧嘩別れするかもしれない。そんな『もしかしたら』が、この先に現実になるかもしれない」
でも、そんな先のことは関係ない。
「でも、今、小景は私を好きで、私も小景のことが好き。だから付き合おう。ふたりの好きの形を探していこう」
すべて言い終わった。小景は私がすべて話し終わるまで、黙って相槌だけ打っていた。私よりも緊張していたであろう小景は、安心したのか気の抜けた笑顔を見せていた。
「これからもよろしくね。お姉ちゃん」
「うん。よろしく。小景」
もしかしたら、これが最上の幸せだという結論に、将来の私たちは至れるのかもしれない。
今はまだわからない。ただ、この瞬間から私と小景は姉妹の枠を超えた新しい関係に踏み出した。それだけは確かだった。
「じゃあ、小景。早速なんだけど。ちょっとだけやってみてほしいことがあるの。いい?」
「なに?」
「試しに私のことを、名前で呼んでみてくれない?」
「えぇ、恥ずかしいよ」
「いいからいいから」
「分かった……日向。ほら映画行こう」
そう言って小景は照れ臭そうに立ち上がった。私も小景からの慣れない名前呼びを少しむずがゆく感じながらも、立ち上がり、小景の手を取った。
「小景。映画楽しみだね!」




