第71話 報告と妹と私と優里
「私と付き合おう」
小景のまっすぐな目に気圧される。
私は恋愛関係が進んだ先にある、性的な交わりに対する嫌悪感と未だに和解できていない。だからこそ葵ちゃんの告白を断った。
小景にも当然同じ答えを用意していた。でも小景は、その問題を先延ばしにしようと言っている。ただ、それは決して悪い意味ではない。
いつか、私はトラウマを克服するかもしれない。克服できなくても、小景は私を受け入れてくれるかもしれない。だから、その結論を今の私たちが出す必要はない。そう小景は言っている。
もしかしたら、葵ちゃんも同じ結論を出してくれたのかもしれない。私が自分勝手だったばっかりに、ふたりの関係を私ひとりで決めてしまった。
最終的にそれを教えてくれたのは、小景だった。お互いに、相手の思いを勝手に決めつけ合っていたというのに、皮肉なものだ。
いままでの理由だけでは、もう無条件にNOを出すことができなくなっていた。そうなれば、私が考えないといけないことはいたって普通のこと。
私が小景を好きなのか。
ただそれだけだった。
「……わ、私は」
まだ、考えがまとまらない。続きの言葉が見つからず、言い淀んでいると、突如視界が歪み始めた。
計ってはいなかったけど、そろそろ時間だということだった。まずい、せめて何か言わなくちゃ。私は目の前で縛られている小景に体を寄せ、耳元で囁く。
「ごめん小景。返事はもう少し待って。それと明日は部活に行くこと」
その言葉を最後に、私の意識は切り離された。
◇ ◇ ◇
翌朝。目が覚めた私の布団には、輪っかになった結束バンドが3つと、輪っかになった縄がふたつ落ちていた。今さら、白い部屋での出来事を夢だとは思わないけど、証拠を見ると改めてこれが現実だと思い知らされる。
布団から体を起こして、スマホを手にする。スマホには優里からLINEが届いていた。
「上手くいった?」
「うん。手伝わせてごめんね」
仲直りという意味では成功だった。ただ、まだ私には答えを出さないといけないことが残っている。とはいえ、それを優里に相談することはできない。
優里はこの前「小景と付き合ったっていいんじゃない?」って言ってたけど、あれはあくまで物のたとえであって、優里が本心で私と小景の交際を応援すると言っているわけじゃないと思うから。
(これも、私の決めつけなんだろうか?)
そう思ったけど、やっぱり優里にこの話をするのは怖かった。今日のところは打ち明けないことを心に決めたとき、優里から追加の連絡が届いた。
「そういうときは『ありがとう』でいいのよ。こっちは迷惑だなんて思ってないんだから」
その文面に思わず笑みがこぼれてしまう。優里はそういうつもりで言ったわけじゃないって分かってる。けど、私は背中を押されたような気がしてしまった。
「今、少し時間ある?」
メッセージを送って1分もしないうちに、優里から電話がかかってきた。
「もしもし?おはよう優里」
「おはよう日向。それで?どうしたの?」
「えっと、ほら、お礼。お礼を言いたくて」
優里の声を聞いたら、足がすくんでしまって、適当なことを言ってしまう。私の声色で緊張を察したのか、優里が軽くため息を吐く。
「違うでしょ?」
「うぅ、その通りです」
私は天井を仰ぎながら大きく深呼吸して、気合を入れ直してから優里に告げる。
「私ね、小景に告白された」
優里からは、しばらく返事がなかった。次に優里の声が聞こえたときには、さっきの間がまるでなかったかのように話が再開された。
「それで?日向は私に何をしてほしいの?」
優里の問いに私は首を横に振る。これは優里に何かしてもらうための相談じゃない。
「違うよ優里。これはただの報告。それと、ごめん」
「……それは何に対して?」
「小景の気持ちから逃げるために、優里を利用したこと」
またしばらく間が空いた。
「余裕ができたのね」
「余裕?」
私は優里の真意が分からなくて、言われた言葉を繰り返す。
「今がいっぱいいっぱいだったから、私を利用したんでしょ?それを『悪いことしたな』って振り返ることができるようになった。そういう余裕」
「そうなのかな?」
「そうなんじゃない?ここ数日で何があったのか、その全部は知らない。けど、日向の中で何か吹っ切れたというか、折り合いがついたんじゃないの?」
確かに折り合いはついたのかもしれない。人の気持ちを決めつけない。これは私と小景が抱えていた問題だった。それが今、ゆっくりと解消されようとしている。優里はそれに巻き込まれた。
「優里は私を怒らないの?」
それは、怒って罰してほしいという意味ではなくて、優里には怒る権利があるということを伝えたくて口から出た言葉だった。
「怒らないわ。元をたどれば私が日向のことを大好きすぎて、小景シャットアウト計画を断れなかったのが悪いんだし」
軽く冗談みたいな口調で話す優里が、電話の向こうでどんな顔をしているのか、私には分からない。
「優里」
「何?やっぱり怒ってほしいの?」
「……ごめんね」
「っ!」
また、しばらく沈黙が流れた。
「だから、そういうときは『ありがとう』でいいんだってば。今度どうなったかだけ聞かせなさいよ。じゃあ、日向。またね」
「え?うん。ありがとう、優里」
半ば強引に通話が打ち切られ、私は布団に寝転んだ。優里は多分、私が2回目の謝罪に含めた意味を汲み取った。そのうえであの反応だったんだと思う。であれば、私が優里にしてあげられることはなにもない。
これからも、私たちは同級生として、親友として過ごしていく。
しばらく放心してから、私は部活の準備をしているであろう小景に、連絡を入れた。
「おはよう。小景」
準備中だったろうに、返事はすぐにやってきた。
「おはよう。どうしたの?もうすぐ部活だから、帰ってからでもいい?」
「そんなに時間取らないよ。ひとつだけ」
そして私は、意を決して小景に告げる。
「日曜日。今度こそ一緒に映画に行こう」
この日が私にとっての運命の日になる。




