第67話 事象と自傷と私
気がついたら数日が経っていた。お盆が明け、部活が再開したのに、私は仮病を使って休んでいた。いや、もはや仮病ではないのかもしれない。あれから一切気力がわかなかった。
お姉ちゃんの家から寮に帰ったあと、1日以上何もしていなかった。何をするにも元気が出なくて、お風呂にも入らず、ご飯も食べなかった。2日目で空腹に耐えられなくなった私は、寮の食堂で人目を引かないようにするためだけにシャワーを浴びた。
そこから、ご飯とお風呂だけは辛うじてこなしているけど、他のことは何も手につかなかった。
(明日こそ部活に行かないと)
お姉ちゃんを忘れるために、今日こそは部活に行こうと思ってた。でも、私の最近のバドミントンの思い出には、どれもお姉ちゃんがいて、私はバドミントンのことを考えるだけでお姉ちゃんを思い出して涙が出るようになってしまっていた。
ピロン
スマホがLINEの通知を知らせる。もう何件溜まっているのかも分からない。
お姉ちゃんのLINEには、ひとつも既読を付けなかった。ブロックまで踏み切れなかったのは、LINEの通知だけでも、お姉ちゃんとの繋がりを残したいなんていう私の弱さだった。
ここ数日、美華や優里先輩からも連絡が届くことがあった。最初はお姉ちゃんとのことを隠すために普通に接していたけど、ふたりからお姉ちゃんの話題が出た瞬間にどちらとも連絡を絶った。
美華に関しては同じ寮だから、部屋に訪ねてくることもあったけど、私は居留守を決め込んだ。きっとお姉ちゃんの差し金だろうし、仮にそうじゃなかったとしても、今の私に人と話す勇気はなかった。
最初は、きっと私はこのままふさぎ込んでしまうんだって考えてた。でも、意外にも感情の波が激しくなって、沈んだときはどうしようもなくなったものの、何もないときの私はこれまで通りと言っても過言ではなかった。
そうなると、波が落ち着き始めている今、ちょっと暇を持て余し始めていた。もちろんこれは、部活をサボっていることから目をそらしたうえで暇になったと言っているだけではある。新学期をどう迎えるのかすら決められていない。ただ、ふさぎ込むという選択をしたことでできた時間の使い道に困っているという話。
そこで私は、本を読むことにした。本を買いに外に出ることはできなかったから、スマホで読める無料の小説を探した。どうやら青空文庫なんてものがあるらしい。
昔の本が読めるサイトらしいけど、何を読んだらいいかもいまいち分からなかったから、教科書に載ってた気がする作家の小説を読んでみることにした。
本を読むのは楽でよかった。前の私からしたらありえない感想だと思う。お姉ちゃんと買った本は、優里先輩にアドバイスを貰いながら苦労して読んでいたのに、今じゃ自分から活字を追う始末。これも成長なんだろうか。
明かりもつけない暗い部屋で、ベッドに横になりながら、延々とスマホで本を読む。間違いなく健全ではないし、目にもよくない。それを分かっていてなおやめられないのは、この行動自体が些細な自傷行為に思えて、自分を罰した気になって気持ちよくなってしまっていたからだと思う。
◇ ◇ ◇
ご飯とお風呂と本だけで一日が終わろうとしていた。私はスマホを閉じて、ベッドの上で深く呼吸をして思考の海に沈んでいく。
お姉ちゃんの家から帰ってきたころは、思考がまともに働かなくて深く考えられなかったけど、今なら冷静に考えをまとめることができると思う。
お姉ちゃんに危害を加えていた人物。それは私の両親だった。
ふたりの加害の性質がそれぞれ違っていたことから、それらが同時期ではあったものの、ふたりが結託していたというわけではないと思う。おばあちゃんが私の父に対して、明確に敵対しているように見えないからそう思っているけど、おばあちゃんが私に見せていないだけという可能性も考えられる。
次に、私の父がお姉ちゃんにした加害の内容。それは性的な暴行で間違いないと思う。私が見てきたお姉ちゃんのトラウマの様子と、優里先輩が私に教えてくれた、お姉ちゃんを怖がらせないための接触方法から察しがつく。
そんな父親と同じ血が通っていると考えるだけで虫酸が走る。
なんで血が繋がっていないってだけで、そこまでラインを踏み越えられるのか分からない。いや、血の繋がりなんてのは後付けなのかもしれないな。ラインを踏み越えることに罪悪感が薄いのは私も同じだった。
父親からは性加害を、母親からは暴力を受けていたお姉ちゃんの裏で、ぬくぬくと過ごしていた私。なんでお姉ちゃんは、私を遠ざけこそしたけど、恨むことはなかったんだろう?でも、今回のことでやっと好きに恨んでくれるようになったはず。
お姉ちゃんに嫌われるのはつらい。けど、これ以上お姉ちゃんを傷つけたくない。だから私の選択は間違っていなかった。
後悔はしているけど、後悔はしていない。そんな矛盾した感情を今後も抱えていくことになる。
明日からは部活にも顔を出そう。意外と体を動かし始めれば気がまぎれるかもしれない。それと、美華にだけは私の覚悟を話しておかないと。
(明日から、そう明日から)
私は今日から逃げるために、そのまま目を閉じて眠りについた。
◇ ◇ ◇
目を覚ますと、目の前にお姉ちゃんがいた。目の前というのは本当に目の前で、椅子に座っている私の膝の上にお姉ちゃんがこっちを向いて座っている。
これは、夢?まだはっきりしていない意識でぼんやり考えていると、目の前のお姉ちゃんが口を開いた。
「おはよう、小景」
視界を埋めるお姉ちゃんの隙間から見えた「白」で、ようやく私の身に起こったことが理解できた。
ここは白い部屋だった。




