第66話 恋と加害と私と姉
「あのお墓はね、私のお父さんのお墓なの」
「……お父さんのお墓?」
お姉ちゃんの言葉が理解できなかった私は、お姉ちゃんの言葉をそのまま返した。
「そう。あのお墓の下で眠っているのは私のお父さん」
改めて言われたって、理解できないものは理解できない。
「……で、でも。パパは――」
生きている。私たちのパパは今も母親とふたりで暮らしている。
「あれはね、私の父親じゃないの。小景と私は父親が違う。いわゆる異父姉妹ってこと」
「……そんな」
「私もずっと昔から知ってたわけじゃない。私たちの年の差から想像つくと思うけど、私が生まれてすぐにお父さんは死んじゃったんだって。私をひとりで育てられなかった母が、再婚相手に選んだのが今の父親。そしてそのふたりから生まれたのが小景、あなたになる」
私はただお姉ちゃんの言葉を理解することに専念する。あのお墓は、お姉ちゃんの友達のお墓とかなんだろうって、勝手に思い込んでた。
でも、お盆のお墓参りなんだから、友達より親族の方が可能性が高かったはず。私はどこかでその可能性を受け入れられなかったんだろう。なぜ?
「おばあちゃんが言うにはね、私のお父さんは背が高かったんだって。だからかな?私は小景よりも随分背が高いでしょ?まぁ、偶然かもしれないけど」
お姉ちゃんの言葉は聞こえているけどまるで入ってこなかった。私の頭はこれまでに得た情報を必死につなぎ合わせていた。
そして、先ほどの「なぜ」は、私がある可能性にたどり着いたことで解消されることになった。
「……お姉ちゃん」
「どうしたの?やっぱりちょっと信じられないよね?」
「そうじゃないの」
「そうじゃないって?」
口に出すべきか迷った。私の感じた違和感が間違っていると証明したかった。そんなわけないって。だから、聞いてしまった。
「お姉ちゃんがこのことを知ったのって、中学3年生のとき?」
部屋が静まり返る。お姉ちゃんから返事はなかったけど、それが答えだと言っているようなものだった。私はまだ認めたくなくて頭を抱えながら言葉を続けた。
「お姉ちゃんがそれを知ったのは、たぶんお母さんが暴力を振るうようになったくらいのころ。両親のどっちが伝えたのかは分からない。お姉ちゃんは、暴力を振るってた母親よりも私のパパを嫌ってる。さっきもあれって言ってたくらい。仮にも育ての父親に対して、ただ血が繋がってないからってだけで今までの評価が一変するとは思えない。だとすれば――」
「やめて!」
考えを垂れ流し続けていた私は、お姉ちゃんの叫びで我に返った。でも、我に返ったところでもう遅かった。思考はすでに結論にたどり着いてしまっていた。
お姉ちゃんのもうひとりの加害者。それは私の父親だ。最初に白い部屋に呼んだときのお姉ちゃんの怯えた様子。あれは、お姉ちゃんが私に父親を重ねていたから。
私はもう、お姉ちゃんと関わるべきじゃない。お姉ちゃんが家を出たときに、連絡を絶った対象に私が含まれていたことも、今となっては頷ける。やっぱり私を見ると思い出しちゃうんだろうな。
私はその場から立ち上がった。
「お姉ちゃん。私ね、たぶんお姉ちゃんのことが好きだったんだと思う。辻さんの告白を断ってほしいって思ってたし、断ってくれて嬉しかった。辻さんね、私に告白の結果をわざわざ教えてくれたの。でもそのときの辻さん、なんでか私に対して怒ってるみたいだった。でも、今なら分かる」
私は目を閉じて、自分に言い聞かせるように言葉を吐きだしていく。
「私がいたらお姉ちゃんは過去から抜け出せない。だって私は、お姉ちゃんに暴力を振るった人間とお姉ちゃんに乱暴した人間の娘だから」
再び目を開くころには、視界はぼやけきっていて、もうお姉ちゃんの顔をとらえることはできなかった。
私はそのまま玄関に向かって歩き出す。
「ここで逃げたら、もう許してくれないんでしょ?ごめんね。もう二度とお姉ちゃんに近づかないから」
ドアノブに手をかけ、家から逃げ出すその間際、これまでずっと気が付けなかった恋心を、最後にここに置いていく。
「大好きだったよ。お姉ちゃん。私のことは嫌いになってね」




