第63話 約束と不満と妹と私
今日は8月16日。私はこの日をずっと前から楽しみにしていた。
高校で再会した小景と初めて出かけた日に、お揃いで買った小説。その映画版をふたりで見に行く約束をした日。
私は待ち合わせ場所に向かいながらこれまでのことを振り返る。
小景と再会してから私の日常は大きく変わった。それは良い面もあれば悪い面もあって、楽しかった思い出も解決しないといけない問題もたくさん増えていった。
特に小景に関する問題は山積みだった。
私は小景に過去の一部を打ち明けた。その選択について後悔はないんだけど、問題はそのあとで、私は「今話せるのはこれだけ。いずれ打ち明ける」と言ってしまった。
結果として、そのときは言わずに済んだものの、いずれ打ち明けることを決定してしまったということでもあった。
今回私が打ち明けた母との問題は、冷たい言い方をすれば小景にはほとんど関係のないことだから、私としても打ち明ける心理的なハードルは比較的低かった。
けど、他の過去についてはそうはいかなかった。というのも、小景は私に対して、姉以上の興味を示していて、私はそれを受け入れないつもりでいる。小景の思いを拒否する理由として話してしまうには、あまりにも鋭利な話で、小景を傷つけないためにも残りの話は母との因縁よりも慎重に考える必要があった。
なんて言い訳をつらつら述べているけど、これまで優里にすら話してこなかったことを考えると、ただ私が未だに受け入れられていないだけかもしれなかった。
今日の空には雲が広がっていて、もしかしたら、夕方には雨が降るかもしれない。どうせならこの前曇りだったらよかったのに。
◇ ◇ ◇
待ち合わせ場所の駅には先に小景が到着していたみたいで、スマホを見つめている小景は、遠くから近づいてくる私にはまだ気が付いていない様子だった。
私は軽い足取りで小景のもとに駆けていく。
「小景~」
急に名前を呼ばれた小景は、びくっと体を跳ねさせて私の方に顔を向ける。
「あ、お、おはよう。お姉ちゃん」
「おはよう!小景」
あれ?気のせいかな?小景の元気がないような気がする。体調が悪いのに無理して来てくれてるんだったら大変だ。
「小景、具合悪い?」
「え?……全然そんなことないよ!ほら、行こ!」
そう言って小景は歩き出したけど、私は何かをはぐらかされたように感じてしまった。
切符を買ってホームで電車を待つ。今日の目的地は数駅先の大型商業施設。この前、小景が美華ちゃんと遊びに行って下見をしてきた場所で、そこであれば上映本数も収容人数も申し分なさそうだった。
お盆の終盤ということもあって、帰省から戻ってきた大人たちが、ほんの少し残った休みを有効活用するために、私たちと同じ場所を目指しているのか、駅のホームにはそれなりの人がいた。
「ねぇねぇ、小景」
「何?お姉ちゃん」
「思ってたより人、いっぱいいるね」
「え?あぁ、うん」
私の言葉であたりを見回した小景は一応は共感してくれたものの、やっぱりどこか上の空だった。
到着した電車に乗り込む。この人混みだ。当然座ることなんてできなくて、私と小景はドアの近くで立っておくことにした。
さっきから私は、ずっと小景を見ている。それは、ずっと心ここにあらずといった小景が気になっているから。そして、そんな私の視線に小景がずっと気が付かない。つまりは、小景が一度も私を見ていなかったからだった。
体調が悪いのなら言ってほしいし、そうでないのなら私が蔑ろにされているってことになるから腹立たしい。どちらにせよ今の小景の状態のままでは、今日を満喫できるとは思えなかった。
◇ ◇ ◇
目的地の最寄り駅で降りて、人の流れに従って改札を出る。小景の前を歩く私は、商業施設に向かう道とは違う知らない道に逸れる。
小景は私が目的地とは違う道を進んでいることに気が付きもしないまま私についてきている。
駅の近くの公園に足を運んだ私はそのままベンチを探す。やっと気が付いたのか、小景は慌てた様子で私に尋ねてくる。
「え?お姉ちゃんどこ行こうとしてるの?」
「ちょっと休憩したくなって、ほらあそこで休憩しよ」
私は数十メートル先のベンチを指さす。私に導かれるがままベンチにたどり着き、ふたりして腰を下ろす。私は一息ついてから話を切り出す。
「小景」
「何?お姉ちゃん」
「今日、もう帰ろっか?」
私の言葉に小景は慌てて私の方を向く。電車に乗ってからここに来るまでの間に一度も私をちゃんと見ていなかった小景とやっと目が合った。
「な、なんで?」
小景は心底不安そうな表情で私に尋ねる。私もまだ怒るに怒れなかったから、念を押して確認する。
「もう一回聞くけど、小景、具合悪い?」
「ううん。元気」
改めて確認したことで、今の小景には今日のことより大事なことがあって、そっちに気を取られているということが分かったので、満を持して私も不満を口に出すことができる。
「小景、今楽しくないでしょ?」
「なんで?楽しいよ」
「嘘」
「そんな、嘘なんかじゃ――」
「じゃあ、なんで私の方、全然向いてくれないの?ここに来るまでずっと私のこと見てくれないし、私が話しかけても上の空だったよね?」
「……そ、それは」
小景は言葉を濁して理由を言おうとしなかった。その態度に私はさらにヒートアップしてしまう。
「別に無理して付き合ってくれなくていいんだよ?小景も忙しいだろうし、わざわざ私に合わせて映画に行かなくたって」
思ってもないことが口から零れていく。本当は小景が楽しみにしてくれていたことも分かってる。ちゃんと本も読んでくれたし、映画館の下見もしてくれた。私が守らないだろうなって思いながら言った、宿題の約束もちゃんと終わらせてくれてた。
だからこそ、今の小景を認めたくなかった。本当は体調を崩していて、無理をしていてほしかった。そうだったのなら「また元気な日に出直そう」って言える。
「ちがう!違うよお姉ちゃん。私だってほんとに楽しみにしてた!」
分かってる。でも――
「じゃあなんで!……なんで今日は楽しそうにしてくれないの?」
あふれた感情が瞳から零れてしまいそうで、私は必死に奥歯を噛みしめる。
しばらくの沈黙のあと、小景がゆっくりと口を開いた。
「私、お姉ちゃんに謝らないといけないことがあるの」




