第62話 お盆と予感と私と姉
ここ2週間くらいの私は、毎日同じような日々を送っていた。それは退屈ってことではなくて、変わらない部活と宿題漬けの日々ってこと。
美華の協力のおかげで、お盆に入る前に宿題はすべて片付いた。正直なところ、私も美華もこんなに早く終わるとは思っていなかったこともあって、本気になれば私たちも案外やれるという、ちょっとした自信もついた気がする。
お盆になって、美華は実家に帰ってしまった。私はこの前おばあちゃんの家に帰ったし、実家に帰る予定もパパの実家に帰る予定もなかった。
お姉ちゃんと優里先輩は相変わらず勉強漬けの日々みたいで、私にばっかりかまってもいられないみたいだった。
お盆で部活もなくて、宿題もない。美華もいないしお姉ちゃんと先輩にも迷惑かけられない。となれば私がやることはもう自主練くらいしかなかった。
自主練と言っても練習相手は当然いないので、やることは基礎。要するに筋トレとランニングだけだった。
私は、ランニング用のシューズを履いて外に出る。太陽はまだ昇り切っていないというのに、体が焦げてしまいそうなほど暑かった。いくら日焼け止めを塗ったと言っても、無傷では済まなさそうな日差しのなか、いく当てもなく走り出した。
夏休みの午前中、元気にボールを追いかけまわしている小学生や、どこか遠出をしようと自転車を漕ぐ中学生。久しぶりにおばあちゃんに会ったのか緊張している小さい女の子。さまざまな夏休みを横目に見ながら、少しずつ山の方へ、人通りが少ない方へと足を進めていった。
しばらく走り続けていると、名前も知らない公園が見えてきた。ちょうどいい、少し休憩しよう。そのまま公園に入って適当なベンチに腰掛ける。
そのまま呼吸を整えながらぼーっとしていると、あたり一面のセミの声に頭を支配されそうだった。
「……暑い」
私はゾンビのような足どりで自動販売機を探す。ランニング中は必ず持ち歩くようにしている小銭入れからお金を取り出して、スポーツドリンクを買う。
ガコンッ
その音だけで、涼しさを予感しながらボトルを手にする。手のひらサイズのオアシスをそのまま口には運ばずに、まずはおでこに当てる。
その気持ちよさに、思わず目を閉じて体中の感覚を総動員して冷たさを満喫したあと、満を持してボトルのキャップに手をかける。
手にかいた汗がキャップを開ける手を滑らせ私を焦らせる。ついに開いたボトルに私は口を付け、そのまま上を向く。
スポーツ飲料の甘さが喉を駆け抜けていき、私の体温が一気に冷まされていく気がする。
「ぷはー」
お風呂上がりにビールを口にしたパパみたいな声をあげる。ボトルの蓋を閉め、さっきまで座っていたベンチまでとぼとぼと戻って、もう一口飲んでから上を向く。私の視界に映る空にはひとつも雲がなくて、どうやらこのまま帰るまでに日差しが弱まることはなさそうだ。
軽いストレッチをして、帰る準備を始める。
帰りは別の道を行こうかな?せっかくだし山の方に行って、木陰で涼みながらゆっくり走るなんてのもいいかも。日焼け止めも汗で落ちちゃうし、なるべく日に当たらずに帰れた方がいいよね?
脳内会議が終了し、空になったペットボトルをゴミ箱に捨ててから、走り始める。計画通り山の方へ向かっていく。斜面に沿って木と家が共存している住宅街を走る。このまま住宅街を抜けて、町の中心に向かう散歩道に合流する予定だった。
ふと、視界の端に私と年齢の近い女子が映った。走りながらそちらに視線を向けてしっかり観察する。その女子は私がよく知っている人物だった。
「……お姉ちゃん?」
そう、お姉ちゃん。でもなんでこんなところにいるんだろう?お姉ちゃんの家はこっち側じゃないし、おばあちゃんの家でも優里先輩の家でもない。もちろん私の寮付近でもなければ、実家でもなかった。しかも、不思議なことに手にはラッピングされた何かを持っている。
私は足を止め、そのままお姉ちゃんの行方を目で追った。お姉ちゃんが向かった先は、山の斜面に沿って作られた――
「お墓?」
霊園、とでも言うんだろうか。住宅街の一画に存在するその場所は、お盆ということもあってお姉ちゃんの前方にも足を運んでいる家族がいる。
お盆でお墓と言えばもうお墓参りしかないんだけど、そこが私にとって一番引っかかってしまう。
だって私の両親も、そのまた両親、つまりはおじいちゃんとおばあちゃんに至るまで、全員生きているし元気だから。両親はどちらも一人っ子だから親戚のつながりもそこまで多くないし、そもそも身内に不幸があった話は幸いなことに、ここ最近聞いていない。
パパの方のご先祖様のお墓みたいなのはあるにはあるらしくて、小さいころに1回だけ行ったことがあるけど、それも県外のパパの実家周辺だった。
ますますお姉ちゃんがここにいる理由が分からない。私の直感がこれは踏み込んではいけないことだと警告音を鳴らしているのが分かる。
それなのに、不思議と私には「引き返す」という選択肢はなかった。
(ごめんなさい。優里先輩)
先輩を裏切っている罪悪感を感じながら、私は離れたところからお姉ちゃんのあとをつける。やっぱりお姉ちゃんの行き先はその霊園で、私は見失わないようにお姉ちゃんの後に続いて霊園に入った。
気づかれないように遠くからお姉ちゃんを観察していると、ラッピングされた荷物を抱えたまま、霊園で貸し出されているらしいバケツに水を注いでいた。
さっきから確信はしていたけど、これで確定したと言ってもいいだろう。お姉ちゃんは誰かのお墓参りに来ている。
肝心なのはそれが誰なのか私には分からないことだった。
バケツに水が十分に溜まったのを確認してからお姉ちゃんはバケツにこれまた霊園で貸し出されている柄杓を突っ込んでから歩き出す。バケツが重いのか、山肌に沿った霊園の道を歩くお姉ちゃんはふらふらとバランスを崩しながら歩いていた。
とうとう目的地にたどり着いたらしいお姉ちゃんはバケツを置いて、柄杓で水を汲むとお墓の両脇にある花立に水を注いだ。そして片腕に抱えていたもののラッピングを外す。お花だ。お姉ちゃんは茎の先端を折って長さを調節したあと、花立に墓花を挿した。
その後もひと通りお墓参りらしいことをして、お姉ちゃんは帰路についた。私はその間、隠れてやり過ごした。
お姉ちゃんがいなくなった後、お姉ちゃんがお参りしていたお墓に近づく。全く心当たりのないお墓。なんならこの場所に来るのも初めてだった。どうやらお姉ちゃんはそうじゃないみたいだったけど。
そして私はお墓に刻まれている文字を見る。
中村家之墓
林でもなく、お母さんの旧姓の白石でもない。知らない家のお墓だった。




