第61話 謝罪と謝罪と私
部活を終えて、寮に帰る。この後の美華との予定のために、少し早いけど晩御飯を食べ、寮の共用の洗濯機に服を洗わせているうちにお風呂を済ませる。
すべて終わったのが19時半。私はふぅと一息ついて美華に連絡を入れる。
「こっちは暇になったよ」
「もうちょっとまって。20時過ぎには終わるから」
30分くらいの時間ができてしまった。私はスマホを開いて優里先輩にLINEする。
「おつかれさまです!勉強順調ですか?」
「おかげさまで。何か用?」
休憩中だったのか思いのほかすぐに返信が来た。美華との用事が終わるまでに見てくれればいいかなってくらいで送ってたから、この返信の速さは想定外だった。
先輩の言葉は文で見るときっちりしていて勝手に怒っているように見えてしまう。そして、私がただの雑談をしたいわけがないという決めつけのもと、用件を聞こうとしてくるあたりに先輩からの負の信頼を感じる。
「少しお話しできませんか?」
以前なら何ともなかった電話の誘いに、今は少し緊張してしまう。
昨日、あの場所で私と先輩の関係は明確に変わった。私は過去を知りたいという欲に任せて行動した結果、先輩に叱られることとなった。その後の私はぼろぼろのぐずぐずで目も当てられない状態になってしまった。
そんな苦い記憶を噛みしめながら返事を待っていると、先輩の方から電話がかかってきた。
待たせちゃいけない気がして、イヤホンを探すこともせずに慌てて応答ボタンを押すと、そのままスマホを耳に当てた。
「もしもし?小景?」
「お疲れ様です。先輩」
「で?用は何?」
まだ警戒している様子の先輩の話し方に、私が失ってきた信頼の重みを感じる。
「先輩、昨日だけじゃなくて、これまで先輩にしてきたこと、ちゃんと謝りたくて。本当は面と向かって謝るべきなのは分かってるんですけど、なるべくすぐに言葉にしておかなきゃと思って。だから、その、迷惑かけてしまってすみませんでした」
スマホの奥の無言に心が押しつぶされそうになりながら、ひとまず言いたいことは言えた。そして、先輩には見えていないけど頭も下げた。
「……分かった。でもただじゃ許さないわ。ちゃんと誓いなさい。今の日向に決心がつくまで余計な詮索をせずにちゃんと待つって」
「はい」
「あと、私をもうあの場所に呼ばないこと。どうしようもないときに1回くらいなら許すわ。あの場所に行った後って、いっつも目覚め悪いのよ」
「はい」
「それと、最後にもうひとつ。これからは普通の先輩と後輩になりましょ。日向の友達と日向の妹、それでいいじゃない。探偵になる必要も捜査官になる必要もない、日向のおかげで知り合えた友人。それが本来の私たちのあるべき姿だったんだから。この3つが私の要求よ」
あまりにも緩い条件に私は思わず先輩に尋ねてしまう。
「……いいんですか?」
「いいって何が?」
「もっとこう、例えば、お姉ちゃんに今までのこと全部ばらすとか、二度と先輩に近づくなとか」
「そんなの言うわけないでしょ。まず、ばらすのは論外ね。理由は簡単よ、日向が悲しむもの、多分スッキリすらしないわ。二度と関わるなってのも無理ね、私は今後も日向と関わっていくんだから。『おね~ちゃんまだ~』……ちょっと待ってね。『すぐ行くからもうちょっと待ってて!』……ごめんけど、もう切るわよ?」
「えっ、あっ、ちょ」
「またいつでも掛けてきていいし、いつでも相談くらいなら聞いたげるから。じゃあまたね、おやすみなさい」
「お、おやすみなさい」
そうして、あっさりと通話は打ち切られてしまった。どうやら先輩は忙しかったらしく、わざわざ私のために時間を作ってくれてたみたいだった。先輩の優しさを噛みしめながら、一言だけLINEしておく。
「これからもよろしくお願いします。」
◇ ◇ ◇
20時を少し過ぎ、私は美華の部屋に来ていた。いつも通り部屋の椅子に私が座って、美華はベッドに腰かけている。
「それで、小景。いろいろって何?」
「お姉ちゃんに聞いたんだ、過去のこと。全部じゃないけど」
「ちょっと待って」
これから詳細について話していこうと思った矢先、美華に話を遮られた。
「ん?どうしたの?」
「小景が知りたかったことが聞けたのは分かった。でも、中身は私に言わなくていいよ」
「どうして?」
話そうとしてたことを拒否されて、思わず疑問が零れた。
「それはね、お姉さんも聞いてほしくないだろうし、私も聞きたくないから。だから私は、小景が少し過去を知れたってことだけ知ってればいい」
「そっか、そうだね。ごめん。じゃあ次の話なんだけど、さっき優里先輩にこれまでのことを謝ったの」
「それで、どうだった?」
「なんか、思ってたよりずっとあっさりしてた。とりあえず私のこれからの行動次第って感じだった」
「そっか、やっぱり先輩って優しいね。ぶっちゃけ小景、結構酷いことしてたからね?私が提案しちゃってたから同罪ではあるんだけど」
「いや、美華は止めてくれたけど、結局私が止まれなかったから」
「え?」
「え?……あ。美華にもうやめるって言った後も、白い部屋に先輩呼び出してました。ごめん」
美華との約束を完全に忘れていた。普段は表情豊かな美華が真剣な表情で私を見つめる。
「……それ、普通なら絶交だから」
「……はい」
「今回だけ先輩に免じて私も許すけど、次はないから」
「ごめんなさい」
今日は許されてばっかりだ。私はみんなの優しさで辛うじて孤立していないんだと、改めて思い知らされる。
「それで?次は?」
美華の問いに、私は朝食のときに少しだけ話した宿題の話題を切り出す。
「宿題の話なんだけど、まず、お姉ちゃんと映画行く日が決まったんだ。それが8月の16日。それで、お姉ちゃんが映画までに宿題を終わらせなさい、っていうもんだから、急いで手を付けなきゃいけなくなって」
「なるほどね、じゃあ早速明日の夜から始めよっか?」
「いいの?私に付き合ってくれて」
「いいよ。私も宿題が進めば夏休みの後半いっぱい遊べるだろうし」
「やった、じゃあ私の部屋に来てよ」
「おっけ~」
「話したかったことはこれくらいかな、聞いてくれてありがと。今言っても意味ないけど、さっきのことはほんとにごめんね。必死になりすぎて見境なくなってた」
「優里先輩のこともそうだけど、これからだから。今までの自分がおかしかったって思うんだったら、今私の目に映ってる小景はその延長線上にいるんだからね?変わったって分かるのはまだ先」
「うん」
「今日はどうする?このままもうちょっといる?」
「うん、もうちょっと話してから戻ろうかな。おばあちゃんの家での思い出話もまだ話してないし」
そうして、私はしばらく普通の思い出話に花を咲かせた。明日からは宿題漬けだというのに、意外にも気分は晴れやかだった。




