第58話 過去と推理と私と先輩
「私はあんたのことが嫌いだったわ」
お姉ちゃんと優里先輩の昔の出来事を知った私は、お姉ちゃんを助けてくれたことのお礼を言うために白い部屋に先輩を呼び出していた。この言葉は、今私の目の前にいるお姉ちゃんの命の恩人とも言える先輩から発せられた言葉。
「……え?」
え?とは言いつつ心当たりはいくらでもある。これまで先輩にしてきたことを考えたら当然だ。
「あんたこの前、日向と一緒にバドミントンをしてきたらしいじゃない?」
「……はい?」
私のことが嫌いな理由とバドミントンを一緒にしたことがどうつながるのか分からなくて、私は頷くような、聞き返すような返事をする。
「日向の恰好。覚えてるでしょ?言ってみなさい」
「えっと、Tシャツに学校の短パン?」
「前はそんな恰好できなかったのよ。言ってる意味、分かるわよね?」
「……」
お姉ちゃんが服装を選ばなくちゃいけないくらい、私の母がつけた傷跡が体にあったってこと。
優里先輩が言いたいことはこうなんだろうけど、私の口からは言えなかった。だから私は渋い顔で首を縦に振る。私の表情から言いたいことが伝わったと判断したのか、先輩は話を続けた。
「まぁ、2年も経ってしまえば、体の傷はなくなるわ。あんた見たことないでしょ?日向の傷。まぁ私もしっかりと見てしまったのはあの日だけだったけど、あんなの親がしていい仕打ちじゃないわ」
その言葉に少しムッとしてしまうのは、私の中にある母のイメージが、私に優しい「ママ」と、お姉ちゃんを傷つけるような「母親」とでまだはっきりと結びついていないから。優里先輩はそんな私の表情の変化を見逃さない。
「それよ、あんたに言っても仕方ないのは分かってるんだけど、なんであんただけ愛されてんのよ。てっきり日向が逃げれば小景が標的になるから日向は耐えてるんだと思ってた。でもそうじゃなかった」
優里先輩の語気が強くなっていくのを感じる。
「あんたたちの母親は子どもを愛してないんじゃなくて、日向を愛してなかったの。それをあんたと再会したことで再認識してほしくなかった。だから私は、あんたが入学してきて日向があんたに会いに行ったとき、冷たく接されたって言って戻ってきた日向を見て、あんたにムカつきもしたけど安心もしたわ。これでもう日向があの家族に思い残すことはなくなったって」
感情が昂っている先輩の目には涙が浮かび始めている。今の私には先輩の言葉を受けることしかできない。
「数年で体の傷はなくなったわ。あと数年もすれば心の傷も少しはマシになると思ったのに、あんたはそれをほじくり返した。確かにあんたは加害者じゃなかったわよ。でも傍観者でいることに甘んじて過ごしてきたんだから、もう舞台に上がってくるなって、ずっと思ってた」
そこまで言い終わった先輩は、さっきまでの強い口調から一転して、諦めたような落ち着いた口調になった。
「でも、日向は小景ともう一度関わることを選んだ。日向にとって小景はコンプレックスの塊じゃなくて、愛すべき妹だったから。だからせめて日向が傷つくことがないように、日向が話さないって決めてることは私も話さないようにしてたし、探ろうとする小景を警戒してた。でも日向が話すって決めた以上、もう私が小景を警戒する理由も嫌う理由もなくなったのかもね」
「……じゃあ」
「だから、嫌いだった。だからって勘違いしないでよね。それは日向のことで嫌う理由がなくなっただけで、あんたの性格は私みたいにひねくれてそうだから、どのみちあまり好きになれるとは思わないわ」
ここまで面と向かって嫌いだなんだと言われると結構落ち込む。お姉ちゃんのことを想ってなんだろうけど。ん?そういえばあれって?
「じゃあ、優里先輩」
「なに?」
「私が大会に負けて先輩に連絡したときに慰めてくれたのはなんでだったんですか?」
そう、あのとき先輩は私に言い方こそきつかったけど、私のことを想った対応をしてくれていた。
「あ、あれはほら、普段生意気なあんたがあんなにしおらしくしてたから、つい」
そう言って先輩はそっぽを向く。その痛いところを突かれたといった感じがわざとらしくて思わず笑ってしまう。
「ふふっ、な~んだ。先輩は結局、私に対しても優しいじゃないですか。私、嫌いって言われてすっかり傷ついちゃってましたよ~」
ニヤニヤしながら私は先輩を小突いた。
◇ ◇ ◇
「それで先輩」
「何?」
先輩の思いのたけを聞いてしばらくして。私は気になっていたことを先輩に聞いた。
「お姉ちゃんとおばあちゃんにいろいろ教えて貰って、新しく気になることが増えたんですけど――」
そこで先輩は私を睨みつけて、話を遮る。
「あんた、まだ日向に内緒で探ろうとしてんの?」
「いや、違いますよ。お姉ちゃんは私にいずれ話してくれるって言ったんですから、大人しく待ちます。でも、それはそれとして聞いた話から気になることが出てくるのは仕方ないじゃないですか」
「まぁ、それはそうだけど。別に私は日向の過去について、小景が知っている以上のことは知らないわよ」
「そうです、そこですよ。私はこれで先輩と同じだけの情報を持ったことになります」
だからこそ、初めてここに来たときの先輩に追いついた今だからこそ分かることがある。
私の話しぶりに、これから私が話すことを察したのか、先輩の表情が険しくなる。
「先輩。お姉ちゃんにひどいことしたの、私の母親だけじゃないって思ってますよね?」




