第54話 夜中に妹と姉
目が覚めた。ここはおばあちゃんの家。お風呂に入ってから先のことは記憶がぼんやりしていて、正直あまり覚えていない。確かご飯と歯磨きはした気がする。疲れている自覚はなかったんだけど、実際はそうじゃなかったみたいだ。
視線の先では向かい合う形で小景が眠っていて、すうすうと小さく寝息を立てている。私は頭上に置いていたスマホの画面をつけて時刻を確認する。深夜の3時。すっごく微妙な時間に起きてしまった。もう一度寝ようにも、すぐには寝られそうにない。
私はスマホの画面を消して、小景の顔を見つめる。ここに来る前はふたりで寝ることを心配していたけど、小景はやっぱり何もしてこなかった。私のことを大事に思ってくれるし、私のことが、その、好き?らしいし、いや実際好きって言われたわけじゃないんだけど、ほぼ言ってるようなものだったし。だから私が傷つきそうなことに、小景はすごく慎重になっている。
私はそれに付け込んでいる。小景の優しさを利用して近づかせないまま、時間が小景に答えを持ってくるのを期待している。私は自分の手を汚さない卑怯者で、汚す勇気もない臆病者だ。そのくせ優里には片棒を担がせたんだから、ひどいものだ。
「ごめんね、小景」
そう言って自分を慰める。この言葉が小景に届かないことを分かっていて言ったんだから、自己満足でしかない。
「はぁ」
自嘲気味なため息を吐いた私は、せめてもの罪滅ぼしとして、体をよじらせて小景に近づく。小景の頭に手を伸ばし、その柔らかい髪に手を置いて、軽くなでる。
「んっ、ううん」
眠ったままの小景の無垢な寝顔が、私のこの後ろめたさを許してくれているような気がして、その免罪符をさらに求めてしまう。
髪を撫でていた手をそのまま下におろして、小景の左の頬をなでる。首筋、鎖骨と小景を私の手のひらで象りながら、最後は肩を下って手のひらにたどり着く。
小景に触れることさえ禁忌としておいて、私は意識のない小景に身勝手に触れている。小景を遠ざけようとしているのは私なのに、今はその左手に指を絡めている。
優里の指摘の通りだ。私は付き合うこと自体が嫌なだけで、小景と付き合うこと自体に嫌悪感はない。それは元からだったのか、歪んでしまった結果なのかは分からないけど。
小景は、私と違って家族みんなを愛している。私もかつてはそうだった。何も知らない小景に私の過去を教えるということは、小景の愛を汚すことになってしまう。場合によっては憎しみになることだってあるかもしれない。私にとってのかけがえのない妹にそんなことはさせたくない。
いっそ私に興味がなくなれば、小景は変わらず家族を愛していける。勝手に家を出た姉には見向きもせずに、家族と仲良く暮らす。誰がどう見たってその方が幸せなんだ。
「……お姉ちゃん?」
繋いだ手を見つめ続けていた私は、小景の声にはっと視線を上げる。
「……こ、小景。どうしたの?」
まるで何もないかのように振る舞う私と、まだ寝ぼけているように見える小景の手はまだ繋がっていて、私は小景が気付かないよう誤魔化すことに必死だった。
「ちゃんと寝ないとダメだよ?」
「え?」
「ふふふ」
そのまま何事もなかったかのように、小景は再び目を閉じてしまった。どうやらしっかりと意識が覚醒したわけじゃないらしい。私があちこち触ったから起こしてしまったんだろう。小景に焦らされたおかげで、私の暗い思考も一度吹き飛んでしまった。
「ふふっ、ありがと。小景」
私はまた小景に届かない言葉を送って目を閉じた。
◇ ◇ ◇
夜中に急に目が覚めた。寝付きの良い私にしては珍しい。そう思ってたけど、理由はすぐに分かった。
お姉ちゃんが私の手を強く握りしめていたからだった。意識が覚醒していくにつれて、手に込められている力をはっきり感じられる。お姉ちゃんの視線は繋がれた手に注がれていて、私には気が付いていないみたいだった。
何かつらいことを考えているのか、お姉ちゃんの手の力はますます強くなっていった。これ以上はほっとけなくて、私は寝ぼけたふりで声を掛けた。
「……お姉ちゃん?」
「……こ、小景。どうしたの?」
私の声にわずかに体をビクつかせたお姉ちゃんは、私がちゃんと起きているのか確認しようとしていた。やっぱり見られたくないことみたいだったから、私は寝ぼけたふりを続けた。
「ちゃんと寝ないとダメだよ?」
「え?」
「ふふふ」
そのまま寝たふりをする。ふりと言いつつ、私の体はまだ寝足りないみたいで、次第に意識が遠くなる。力を緩めるだけで離されなかった手の温もりを感じていると、お姉ちゃんがつぶやいた。
「ふふっ、ありがと。小景」
◇ ◇ ◇
朝の陽ざしで目が覚めた。どうやらあれから私はちゃんと眠れていたらしい。視線の先の小景はまだ眠っているらしく、私たちの手はまだ繋がれたままだった。
いや、繋がれたままではマズイ。私は手をそっと小景の手からすり抜けさせ、そのまま枕元のスマホを取る。時刻は6時の少し前。あまりに早く寝たから、流石に普段の起きる時間よりも早くに起きてしまったらしい。
布団から起き上がって、リビングに向かう。リビングは既に明かりがついており、おばあちゃんがテレビをつけていた。
「おばあちゃん。おはよう」
「あら、ひなちゃん早いわね。おはよう」
「うん、昨日はすぐ寝ちゃったから」
「こかげちゃんはまだ寝てるの?」
「うん。……ねぇ、おばあちゃん」
「どうしたの?」
おばあちゃん。私が頼れる数少ない大人。私はおばあちゃんに最近の悩みを聞いてほしかった。
「私とお母さんのこと、小景が知りたいって言ったら話してあげるべきなのかな?」




