第55話 朝と傷と妹と私
「私とお母さんのこと、小景が知りたいって言ったら話してあげるべきなのかな?」
私の質問におばあちゃんは考え込む。早朝のリビングに静寂が訪れ、外の鳥のさえずりすら聞こえてくる。こんな穏やかな朝にこんな話題をしてしまって申し訳ない気持ちになってくるけど、私が頼れる大人はおばあちゃんしかいないから、顔を合わせて話す機会があるうちに相談しておきたかった。おばあちゃんの視線が少し泳いだ気がしたけど、そのあとすぐおばあちゃんは答えた。
「こかげちゃんはもう知りたいって言ってるんでしょ?」
流石おばあちゃん、やっぱりかなわないな。おばあちゃんには聞かれたら答えるべきかを考えているかのように言ったけど、おばあちゃんにはそうではないことが見抜かれてしまってる。私は素直に白状するしかないらしい。
「うん。小景には一度断ってる。そのうえもう聞かないって約束までさせた。もう小景からは聞いてこない。だから――」
本当に聞きたかったことはこういうこと。
「私が小景に話してもいいのか迷ってる」
話せば確実に小景を傷つけてしまう。もし、小景が私と同じ選択を取ろうとしても、小景は今両親のお金で学校に通っているから、私と違ってそのつながりをすぐには切れない。私は変わってしまうかもしれない小景の未来に責任が持てない。
「ひなちゃんが言いにくいんだったら、私が伝えたっていいのよ」
おばあちゃんの提案は、今にも飛びつきたくなるような甘い提案だった。私のことを教えつつ、私はその結果に干渉せずに済む。
「いや、そのときは私から言うよ」
そう強がって言ってはみるものの、結局足踏みしていたから、こうしておばあちゃんに助けを求めている。
私にはおばあちゃんが知らない秘密がある。友達である優里が知っていること、家族であるおばあちゃんが知っていること、そして恋人になろうとしてくれた葵ちゃんに話したこと。私はそれぞれの関係にあっただけの秘密を共有している。
小景が本当に私との関係を望むのなら、私はいずれ全部を話さなくちゃいけなくなる。そのうえで、葵ちゃんと同様に諦めて貰わなきゃいけない。
結局こうしていつもの堂々巡りに陥ってしまう。
「おばあちゃんありがとう。せっかくだしもう少し寝てくるよ」
私は話す覚悟が決まらないまま、話を切り上げる。踵を返してリビングを出ようとした私におばあちゃんが声を掛ける。
「ひなちゃん」
「なに?」
「私もこかげちゃんもひなちゃんを愛しているし、こかげちゃんはひなちゃんが思うよりもずっと強い子よ、きっと今も待ってるわ。でも焦らなくていいのよ」
おばあちゃんの言葉は嬉しいけど、やっぱり覚悟は決められない。
「うん、私も大好きだよ。おやすみなさい」
そう言って私は寝室に戻った。
◇ ◇ ◇
私は一旦寝逃げてしまおうと寝室に戻って、布団に入ってタオルケットを体にかけ目を閉じようとした。そこでようやく気が付いた。小景が起きてる。目が合った小景は気まずそうに挨拶をした。
「あ、おはよ、おねえちゃん」
「おはよう、小景」
ふたりして向かい合っている。昨晩と違ってふたりとも起きている。
「お姉ちゃんはさ」
「ん?」
「お姉ちゃんは、私のために話したくないんでしょ?」
何の話?とは逃げられなかった。
「……うん」
小景のためだと、言うのが怖い訳じゃないと、自分に言い聞かせるように首を縦に振って逃げるしかなかった。
「じゃあさ、お姉ちゃん。お姉ちゃんのためだったら、話したい?」
「私のため?」
私は小景の言いたいことが分からなくて聞き返す。
「そう。もしお姉ちゃんが一緒に傷ついてくれる人が欲しいんだったら、私を選んでほしい。一緒に立ち向かってくれる人が欲しいんだったら、私を選んでほしい。一緒に別の記憶で埋めてくれる人が欲しいんだったら、私を選んでほしい」
「……小景は傷つかない?」
恐る恐る口にする。私の質問に小景は首を横に振って答える。
「分からないけど、多分傷つくよ。でも一緒に傷つかせてよ」
小景のその真っすぐな目と言葉に、私は覚悟が決まらないまま言葉を零す。
「……まだ、全部は話せないよ」
「うん、ゆっくり教えて」
「じゃあ、小景」
「何?お姉ちゃん?」
「話す間、手を握ってて」
「分かった」
小景の手が私の手を包み込む。優里の手と比べて少し小さいけど、力強く感じられた。私は少しずつあの日の出来事を話した。
改めて思い出しながら話してみると、母親から暴力を振るわれていた事実よりも、優里の行動力がいかにすごかったのかという話になっていた。
別に暴力を振るわれた日々を忘れたわけではない。でもあの日、暗闇に光が差し込んだあの日の思い出に、母親の介在する隙間がなかったというだけのことだった。
ひと通り話を終えて、改めて小景の顔を見ると、なんとも言えない表情をしていた。まだ小景のなかでも整理がついていないだろう。ここからの小景の葛藤に負い目を感じながらも、正直すこしすっきりしてしまっている自分がいた。
「ふたりとも~ごはんよ~」
リビングからおばあちゃんの声が聞こえてくる。
「お姉ちゃん先に行って。私ももう少ししたら行くから」
「うん、分かった」
私は手を解いてからリビングに向かう。小景が部屋で何を考えるのかには一旦目を瞑ることにした。




