第53話 おばあちゃんの家に私と姉②
「お風呂が沸きました」
ピピピという音と共に、おばあちゃんの家の給湯器が私たちの雑談を遮った。おばあちゃんは給湯器を止めてから私たちに尋ねる。
「ひなちゃんかこかげちゃん。どっちかお風呂済ませてきちゃいなさい」
「小景、先に入っていいよ」
「え、いいよお姉ちゃん先で。何なら一緒に入る?」
そんな冗談を私が言うと、お姉ちゃんはぎょっとした顔で私を見る。なんかマズイことをしてしまった気がするから急いで訂正する。
「冗談だって、昔一緒に入ってたなって思い出して言っただけ」
「分かったから、先行ってきて」
お姉ちゃんに雑に急かされたことが少し不服で、私は口を尖らせながら答える。
「は~い。じゃあ行ってくるね~」
そのまま席を立って、脱衣所に向かった。
◇ ◇ ◇
お風呂でホカホカになった私は、タオルで髪の水分を取りながら脱衣所を出るとリビングの方から話し声が聞こえてきた。
「ひなちゃん、そういえば……はどうするの?」
「今年も……の予定」
おばあちゃんとお姉ちゃんの会話が聞こえてきて、とっさに私は息をひそめた。そのままふたりの会話に聞き耳を立てる。
「おばあちゃんもついていこうか?」
「いや、ひとりで大丈夫だよ」
「ねぇ、こかげちゃんは知ってるの?」
「ううん、まだ知らないよ」
どうやら私は、ふたりに隠し事をされているみたい。
「こかげちゃんもそろそろ――」
「おばあちゃん、いいから」
隠したいのはお姉ちゃんの方らしく、そこで話は終わってしまった。私はわざとらしく、脱衣所のドアを音を立てて開けなおしてお風呂から上がったことをアピールしながらリビングに戻る。
「お風呂気持ちよかった~。お姉ちゃん次どうぞ~」
「は~い」
「おばあちゃん~。ドライヤーどこ~?」
「おばあちゃんの部屋よ~」
私と入れ違うようにお姉ちゃんが脱衣所に向かう。私はおばあちゃんの部屋の化粧台の前に座って、ヘアケアをしながら考える。おばあちゃんの口ぶりからして、時期が来れば話してくれそうだったな。おばあちゃんと毎年どこかに行ってるとか?おばあちゃんの口利きでバイトとかしてんのかな?
でもまぁ、そのうち聞けそうだし急がなくてもいっか。そう結論付けて、私はヘアケアに専念した。
◇ ◇ ◇
ガチャ
おばあちゃんが準備する晩御飯の良い匂いに包まれながらリビングでくつろいでいると、お風呂から上がったお姉ちゃんが戻って来た。
ゆっくりお風呂に入ってのぼせたのか、目がとろんとして眠そうにしている。上気して赤らんだ頬に私の視線は吸い込まれてしまう。じっと見つめていると、ぼーっとしているお姉ちゃんと目が合った気がして、ごまかすように提案する。
「ね、ねぇ、お姉ちゃんの髪、私が乾かしていい?」
「え?うん、ありがとう」
そのまま私はきびきびとおばあちゃんの部屋に移動して、お姉ちゃんを化粧台の椅子に座らせてタオルを預かる。
改めてタオルで軽く水気を取って、ヘアオイルを手に広げる。お姉ちゃんの背中まで伸びた長い髪に、まずは毛先だけ、次に少し上から毛先に向かって、さらに少し上から毛先へと数回かけてオイルをなじませる。ウェットティッシュで手に残ったオイルを軽く拭いて、粗めのコームで髪を梳いていく。最後にドライヤーを内側から毛先に向かって、強から中に勢いを落としつつ風をあてて乾かしていく。最後に弱風で軽く整えて完成。
お姉ちゃんの長い髪を手のひらで滑らせて出来の確認をしつつ、お姉ちゃんのさらさらの髪を少し堪能する。
「お姉ちゃん。終わったよ」
「うん、ありがと」
ぼんやりとドライヤーの音を聞いていてさらに眠くなったのか、まだ晩御飯前だっていうのにお姉ちゃんのテンションはかなり低めだった。
「ふたりとも~ご飯できたわよ~」
おばあちゃんの声で私たちはリビングに戻る。おばあちゃんは一応ふらっと出て行ったおじいちゃんの分を含めた、4人分の料理をテーブルに並べてくれていて、私とお姉ちゃんはおばあちゃんの反対側に並んで座る。
「「いただきます」」
◇ ◇ ◇
ご飯を食べ終わって、お姉ちゃんはいよいよ眠さがピークに達してしまったのか、寝る支度を始めてしまった。
私もお姉ちゃんにならって準備を済ませる。お姉ちゃんはそのまま私たちの寝室に姿を消した。私はおばあちゃんに一応報告だけしておく。
「おばあちゃん。お姉ちゃん眠いみたいだから、私も寝る部屋に行くね。おやすみなさい」
「は~い。おやすみなさい」
私もお姉ちゃんを追って寝室に移動する。部屋には大きな布団が1枚敷いてあって、タオルケット2枚に枕が2つ並べられている。今でもふたりで寝るには十分広いけど、小さい頃は遊べるくらい広くて、走り回っては怒られたりしたものだ。
明かりは既に消えていて、お姉ちゃんは一足先に寝息を立てている。私はスマホの時計を見ると、まだ夜の8時過ぎ。当然私は眠くないわけで、とりあえず布団に入ってお姉ちゃんの寝顔を眺めてみる。
お姉ちゃんが夏休みに入ってどんな生活をしているのかは分からないけど、ご飯もぼんやり済ませて寝てしまうくらい疲れる生活になっているのなら、それはかなり心配。
眠っているお姉ちゃんの頭に手を伸ばして、途中で止まる。お姉ちゃんは急に触られることを怖がっている。最初のときも、ショッピングモールのときもそうだった。こんなに近いのに、今じゃ昔みたいに手を繋いで眠ることもできない。
私がお姉ちゃんの過去を知ったところで、何ができるんだろう。
そんな今に始まったわけでもない疑問で頭をいっぱいにしながら、意識が途切れるのを待った。




