第50話 終業式と私と美華
お姉ちゃんは辻さんと付き合わなかった。
私がそのことを知ったのは、お姉ちゃんからではなく辻さんから聞いたからだった。
放課後。部活が始まってすぐ、辻さんは私を呼び出して体育館の裏に移動した。
「林さんには一応言わないとね。私振られちゃった」
「……そうなんだ」
普段と変わらない態度で話を聞いている風で、その実ほっとしている。
「理由って聞いても?」
ひとまず私は振られた人とする一番ポピュラーな話題を選択した。しかし、その言葉を聞いた辻さんは不快感をあらわにして、それを隠しもしないまま私をにらみつけながら答えた。
「……絶対に言わない。とりあえず報告しただけだから」
辻さんはそう吐き捨てて去ってしまって、私は体育館裏にひとり取り残された。一体なんだったんだ。
◇ ◇ ◇
結局、今日の放課後に辻さんから聞いた話をお姉ちゃんから改めて知らされたのは、夜になってからだった。
「葵ちゃんとは付き合わないことにしました」
お風呂を済ませてスマホを開いた私を、無機質で事務的なただの連絡が出迎えた。10分くらい前に届いていたメッセージに、私は辻さんにした質問を投げかける。
「なんで付き合わなかったの?」
「秘密」
一瞬で返信が来たかと思えば、辻さんと同じ答えが返ってきた。
「……あっそ」
私は独り言をつぶやいて画面を閉じる。仲間外れにされたようでムッとしてしまったけど、よくよく考えれば当事者じゃないんだから、仲間外れでもなんでもなかった。
とにかく、お姉ちゃんがとられることはなかったんだから結果オーライじゃないか。私は自分にそう言い聞かせてこの話を終わらせることにした。
◇ ◇ ◇
終業式。あれから2週間近く経った。明日からは夏休みが始まる。
変わったところとしては、少しだけお姉ちゃんにLINEを送るのを遠慮するようになった。というのも、私は依然として優里先輩を白い部屋に呼び出していて、そこで受験勉強の面倒さを嫌というほど聞かされているからだった。
私にもいずれきてしまう試練なんだろうけど、聞いているだけで嫌になるそれを頑張っているお姉ちゃんの邪魔をするのは憚られた。
同じく受験生の優里先輩にも申し訳ない気がして、あの場所に呼び出す回数は今や週に1回くらいになった。それも結局、先輩の愚痴を聞くだけの場所になりつつある。
要するに私にとっては特筆することがない退屈な2週間だった。
「小景~やっっっと夏休みだね!」
終業式が終わって、解放感に満ち溢れた美華が駆け足で私に近づいてくる。今日はふたりとも部活が休みで終業式も午前中で終わったから、これから遊びに行く予定になっている。
「おつかれ~美華。めっちゃテンション高いじゃん」
美華のハイテンションを指摘してみるが、かくいう私もかなり浮かれている。たとえ、ふたを開けてみればほとんど部活漬けだったとしても、夏休みの始まりは期待で胸が膨らんでしまう。
「テンションも上がるよ。ほら!いこ!」
美華に手を引かれ、私たちは一番に教室を後にした。
◇ ◇ ◇
私と美華は終業式を終えた解放感に突き動かされるがままに最寄駅から数駅離れた大型の商業施設に来ていた。
特にここに来たかった明確な理由があるわけでもないけど、こういうのはいつもの遊び場よりちょっと遠いってだけで、それなりに輝いて見えるものだった。横で同じように盛り上がっている美華が私に話しかけてくる。
「ねぇ、どこから回ろっか?」
「まずは服を見に行きたいんだよね」
「よし行こう!今日は時間もいっぱいあるし、全部回っちゃおう!」
私たちは服に靴に眼鏡にペット、本にゲームにスイーツと本当に片っ端から回っていった。部活で鍛えた私たちの自慢の体力はこういうときに真価を発揮するのだ。
結局手に入れたものと言えば、クレーンゲームで取った流行りのキャラクターのキーホルダーとクレープとフラッペくらいのもので、ひと通り回り終えた私たちは、イートインスペースに座って戦利品をカメラに収める作業に勤しんでいた。
「ふぅ、もうほとんど見るものないってくらい回ったね」
写真を撮り終わってクレープを頬張り始めた美華。私はしれっとその姿をカメラに収めてシャッターボタンを押す。撮られていることに気が付いた美華は被写体としての責務を全うすべく、クレープをくわえて目線をこっちに向けて来たので、私は追加で数枚カメラロールに笑顔の美華を増やした。
「どう?よく撮れてる?」
「うん、ばっちり。後で送る」
「ありがと。じゃあ、はい」
そう言って今度は美華がスマホを構える。しまった。次は私が撮られる番か。既にこっちも写真を撮った手前、嫌がることもできず、私もカメラを向けられながらクレープに口をつけた。実はすこしカメラを下から覗いたりして写りを気にしているあたり、私も嫌々言いながら内心ノリノリなのだった。
◇ ◇ ◇
「小景~もうそろそろ帰る?」
「そうだね、十分満喫したかも。……あ!ちょっとまって、最後に一か所だけ」
そう言って私が向かった先は施設内の映画館。美華は不思議そうに私に尋ねる。
「今から見るの?めっちゃ時間かかると思うけど」
「ううん。今日はね、これ」
そう言って私が指さしたのは、予告編が流れているスクリーンとフライヤーが配置されている区画だった。
「お姉ちゃんと買った本。この前読み終わったんだ。だからちょっと予告編見てみようかなって」
「なるほどね」
来月公開されるその映画のフライヤーもしっかり置いてあった。私は一枚手に取って眺めた後、スクリーンで予告が流れるのを待つ。予告で流れるシーンから、本を読んでたときの記憶を少し思い出したりして、読書体験の面白さのひとつを肌で感じていた。
今のところ、お姉ちゃんとの映画は夏休み一番の楽しみになっている。そのために普段は読まない本を1か月以上かけて読んだんだ。頑張った分、期待も膨らんでいく。私は来たるべき日に胸を躍らせながら、フライヤーをスクールバッグにしまった。
「よし、これで私の行きたいところ全部行った」
「うん、じゃあそろそろ帰りますか」
私と美華はそのまま施設を後にして家路につく。
「そういえば、美華」
「なに?」
「言うの忘れてたけど、私来週おばあちゃんの家に行くから寮にいないんだった」
「……そうなんだ。分かった」
そう、私は映画だけじゃなくて、こっちも待ち望んでいた。おばあちゃんに会えば、お姉ちゃんのことをいろいろ聞けるはずだと思ったから、私は夏休みを理由に数日間おばあちゃんの家に泊まる予定を立てていた。
私たちにとって、忘れられない夏休みがいよいよ幕を上げる。




