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第49話 傷と私と日向

「てことは、小景こかげと付き合ったって別にいいんじゃない?」


 私の発した言葉に日向ひなたは固まっている。それもそうだ。


「……あ、ありえないでしょ」


 日向はそのとびきりのイレギュラーを想像したのか、発言した私に鋭い目を向けながら答えた。


「私は別に、日向と小景に付き合ってほしいって思ってるわけじゃないわ」

「結局何が言いたいの?」


 日向の口調には苛立ちが混じっている。じゃれあい以外で日向が怒っているのは珍しい。まぁ、それだけのことを言っている自覚はある。


「さっき日向は『あおいって子を振ったのは女子だからじゃない』って言ったわよね?」

「……うん」

「じゃあ、女子と付き合うこと自体は問題ないってことなんでしょ?」

「……たぶん」

「じゃあ、小景と付き合っても別にいいじゃない?」

「女の子と付き合っても問題ないからって、普通の女の子から妹は飛躍しすぎでしょ」


 日向の言っていることも一理ある。けど私にもある程度のロジックがある。


「よくない言い方をするけど、同性で付き合っている時点で、生物としての生産性はないわ。そういう意味では女同士で付き合うのと姉妹で付き合うのに差なんてないんじゃない?」

「……」

「だから、女同士は問題じゃないのに小景を遠ざけたいと思ってるのなら、それは小景自身か、日向が小景に抱いてる感情に原因があるってことじゃない?」


 私を刺していた日向の鋭い視線は次第に力を無くしていった。


「原因が私にあるのは、間違いない。さっきは女の子でも付き合えるって言ったけど、そもそも私は誰ともそういう関係になるつもりがないんだよ」

「それは、今から受験で忙しくなるから?」

「違う。受験が終わって、大学生になっても、その先も」


 日向にこんな決断をさせているもの。思い当たるものはある。私や小景が意図せず触れてきた日向の過去の傷。それが傷跡にもならずに日向に残り続けていること。


 日向の傷は時間が解決すると思っていた。でも当事者の日向にしてみれば、傷を受けた後の世界は今も地続きで繋がっている。私に見えていた日向は徐々に元気になっていったように見えていたけど、その実ずっと治らない傷を隠すのが上手くなっただけだったということらしい。


 だから問題の本質は結局、日向自身の過去になる。小景だから付き合いたくないわけではなくて、日向が誰ともそういう関係になりたくないから、小景にも期待しないでほしいということだ。


 そして、この話はここまでということでもあった。私が知っている以上の過去を日向は私に話すつもりがない。仮に、知ったところで日向を救えるとも思えない。日向はそういう思い出したくない自分の境遇を、告白をトリガーに振り返らされたことで改めて認識してしまった、ということだと私は結論付けた。私は負け惜しみのように日向に問いかける。


「日向はそれでいいの?」


 聞いておいてなんだが、良いわけないだろう。誰だって不幸を受け入れて歩み続けたいわけがない。でも、日向は首を縦に振って答える。


「うん、もういいの」


 日向はそう言って優しく微笑んだ。その諦めの表情を見て私も決意を固める。


「じゃあ、もうこの話はおしまいね」

「うん、話聞いてくれてありがと」


 お互い、上っ面だけでひと段落を演出する。そして私は日向に別の話題を振る。ただ、私の中でだけ話が続いている。


「そういえば、日向。第一志望どこだっけ?」

「県内の国立大学受けようかと思ってる」


 前から志望校は変わっていないみたいだ。県内の国立大学はひとつしかない。大学名を言わずに「国立大学」というあたり、そっちにこだわりがあるんだろう。変わっていないことが確認できてよかった。


 私も同じ大学を受けよう。県内の国立大学なら別に一緒に受験することもなんら不自然じゃない。別に人生を日向に捧げるという訳ではないが、まだ日向を置いてどこかに行くことは、今の私にはできないのだ。日向が何か専門的な進学先を選んでいたらどうしようかと思ったが、それはそれで日向にやりたいことがあって、よかったのかもしれない。


「今の日向ならこのままいけば問題なさそうね」

「別に学力的には私も優里ゆうりもあんまり変わらないでしょ」

「まぁそうだけど」

「優里は県外に行きたいって言ってたけどどうなったの?」

「まだ決めてないわ。県外に出ようと思ってたけど、大樹たいきを置いても行けないし」


 私はさっきまでの進学先についての悩みを日向に話した。さっきまではそうだったけど、今は県内に進学する予定になったのでこの悩みはもういらないものになっている。


 結果として、今日悩みが減ったのは日向じゃなく、私の方だった。その代わりと言っては何だが、日向にはこれからも私がついている。


◇ ◇ ◇


「おじゃましました」

「気を付けて帰るのよ、日向」


 日向を見送って、部屋に戻り今までを振り返る。今日のことで最悪の仮定が現実味を帯びてきた。


 日向はこの前私に、押さえつけられるのが怖いと言った。


 日向は今日私に、大学生になっても、その先も誰とも付き合うつもりがないと言った。


 日向はずっと、「母親」ではなく「両親」を避けている。


 もし、これがひとつに繋がるんだとしたら、それは――


 母親以外の日向の加害者。それは父親だということ。

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