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第5話 放課後に向けて優里と私

 朝、教室に向かうとそこには小景こかげがいた。


「小景?なんでここに」


 思わず口に出してしまったが、小景がここにいることが何よりの説明だった。昨日の白い部屋は私だけの夢ではないということ。私が小景にひどい姿を見せてしまったという事実。そして私の肌に添えられた小景の手。思わず顔が引きつる。


「お、お姉ちゃん。お話があるの」

「昨日の()()は小景がやったんだね?」


 私は小景の声を半ば遮る形で尋ねた。それは質問ではなく確認の問いかけ。どうやったのかまでは見当もつかないが、あの部屋での出来事と今の状況から小景の仕業であることだけは確信していた。結果的に、昨日夢の中で打ち明けない選択をしたことは正解だった。小景は知る必要はない。まだ、いやできればずっと。そして言葉の意図を汲み取った小景は少し迷った後、


「……うん。ごめんなさい」


 そう言って小景は深々と頭を下げた。昨日の出来事を重く受け止めた結果なのだろう。


 夢だったということにして逃げてしまってもいい状況で、わざわざ謝りに来たんだ。昔のような仲のいい姉妹に戻るために小景は逃げないことを選んだ。3年の教室前なんていうアウェーで。かなりの勇気が必要なはずだ。私はいったん謝罪を受け止め、不安そうな目をした小景に言葉を返す。


「わかった。でも少し整理する時間をちょうだい。今日は部活?」


 正直数日間開けたかったが、それではきっと小景が生きた心地がしないだろうと思ったので、なるべく時間を稼いだ放課後に設定した。もし小景のバドミントン部の活動があれば後日でも別段問題なかった。


「ううん、大丈夫」


 小景はまっすぐな目で即答していた。おそらく、部活があっても気にしなくていい、ということだろう。私としては気にしてほしくもあるんだけど。


「……そっか、じゃあ放課後一緒に帰ろう」

「わかった、じゃあまた放課後。ありがとうお姉ちゃん」

「うん」


 こうして約束を取り付けた小景は足早に3年の教室を去っていった。3年の教室では今すぐにでも取り調べんとする視線が私に注がれていた。クラスの中心人物でもない一般クラスメイトの私が注目の的になることはあまりない。少し居心地が悪い。私が席に着くと早速――


「おはよ、日向。早速だけど、さっきの妹よね?」

「うん、おはよ」

「何があったの?」


 私の唯一の友達である優里ゆうりが捜査官に名乗りを上げた。優里とは中学からの友達。席が近くどちらも読書が好きという程度の共通点から友達になったが高校まで一緒にするくらいには大切な友達だ。


「多分、仲直りすることになった」


 詳細を語るに語れない私はいまいち要領を得ない答えを返すことになってしまった。だってあまりにも突拍子もない事態だったのだから。


「一方的に嫌ってたのはあの子の方じゃなかったの?どうして今さら」

「う~ん、多分なんか手違いがあったんだよ」

「なにそれ?意味わかんない」


 許してほしい。昨日のことを伏せられている優里にはつんけんしていた妹がある朝、急に謝りにきたなんていう意味の分からないことになってしまう。それはわかっているがこれ以上の説明、もとい言い訳を私は思いつかなかった。


「ふ~ん」


 優里は私の瞳を覗き込みながらつぶやいた。何か見抜かれてしまいそうで目をそらす。目をそらしながら話を進める。


「そ、それで今日小景と一緒に帰ることになったんだけど、妹と2年ぶりのまともな会話って何話せばいいと思う?」

「そんな状況経験ないから知らないわよ。……う~ん、学校はどうだとか、部活はどうだとか、家ぞっ――、いや。……気になる人はいるかとかになるんじゃない?」

「……当たり障りない話題ばっかり」

「日常会話なんてそんなもんでしょ。そもそも私には2年放置した妹もいなければ、2年連絡を寄こさない姉もいないもの」

「手厳しいね」

「そもそも、わざわざ仲良くする必要なんてあるわけ?兄弟姉妹なんて血のつながってるだけの他人ってパターンだってたくさんあるじゃない。この前までのあんたたちみたいに」


 痛いところを突かれる。確かにそうだ、小景がどう思っていたのかはともかく、先日までの私はもう小景と関わることはないんだろうと思って過ごしていて、なおかつそれを受け入れていた。


「……それはそうだけど、小景はそれを望んでないみたい。また仲良くしたいって思ってくれてたんだよ。だから私も歩み寄る必要があるんだと思う」


 私がこう思ったのは今までの罪悪感からなのか、私がまだ小景を姉妹として愛せているからなのか分からなかったが、小景から昔の仲を求められたことは純粋に嬉しい。


「……はぁ、そう思うんだったら私から貰った話題で戦おうとせずに、()()()話題で戦うことね」


 いつの間にか名前呼びに戻っていた。優里はヒートアップすると口調が強くなることがある。おそらくもう言いたいことは言い切ったんだろう。


 私の話題。


 優里の言葉を反芻すると昨日の出来事とともに暗い記憶が思い起こされる。優里は「私が話題を考えろ」程度の意味で言ってくれたことはわかっているものの、いやな思考が止まらない。


「――なた、日向」


 優里の声で記憶の渦から引き上げられる。私と目が合った優里はばつが悪そうに続けた。


「……ほら、まぁ、どうしてもって言うんだったらそうね、もうすぐ定期テストじゃない。勉強の相談にでも乗ってあげなさいよ。日向得意でしょそういうの」

「うん、デッキに入れとく」

「はぁ、まぁその、頑張んなさいよ」


 私がうなずくと優里は教室の時計を確認して自席に戻っていった。


「ありがとう」


 戻っていく優里の背中に私は小さくつぶやいて、教室の時計を見る。学校は始まったばかりで、放課後まで時間はたっぷりある。聞かなくちゃいけないことと、話したくないことはいくつもあるのに、話したいことはうまく思い浮かばなかった。

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