第45話 お返事と私
お昼休み、私は葵ちゃんに告白の返事をするために、屋上に来ていた。まだ現れない葵ちゃんを待っているうちに緊張で手が湿っていく。
しばらくして、屋上のドアが開かれた。私を見つけた葵ちゃんは慌てた様子で私のもとに駆けてくる。
「林先輩、お待たせしてすみません!」
「気にしないで、全然待ってないから」
「あっ、はい。……えっと」
葵ちゃんが求めていることが伝わってくる。きっと週末は気が気じゃなかったんだろうな。今も目に見えてソワソワしている。
「……お返事だよね」
葵ちゃんはコクンと頷く。私は深く呼吸をして、葵ちゃんの目を見る。
「ごめんなさい。付き合うことはできません」
私は頭を下げる。少しして顔を上げ、私は話を続ける。
「葵ちゃんが嫌いとかじゃないんだ。お手紙から葵ちゃんの真っすぐな性格も、私のことを好きだっていう気持ちが本当だってこともちゃんと伝わってきたし、すごく嬉しかった。だから、私もお返事のお手紙を書いたんだ。私のことを知ってほしくて」
私は、用意していた手紙を取り出して、葵ちゃんに渡す。受け取るその手は震えていて、その瞳からは今にも涙が零れそうだった。
私は葵ちゃんを自分の腕の中に抱き寄せた。無責任な話だ。自分の都合で振っておいて慰めようだなんて。そんなことを考えながら私は葵ちゃんの耳元で話を続ける。
「最初はね、断るときに『お友達から始めよう』っていうつもりだったの。でもね、それは不誠実だと思ったから、はっきり言うね」
抱きしめる腕に力が入る。
「友達から先には多分なってあげられない。友達まででよければ、私とお友達になろう」
「……どうしてですか?どうしてこれから先も無いって言い切れるんですか?」
「ごめんね。私はね、他人に言えないことをいっぱい抱えちゃってるんだ」
「じゃ、じゃあ私が――」
葵ちゃんが言おうとしていることが分かる。「私が一緒に背負う」だとか「私が解決してみせる」だとかそういう言葉。だから私は言葉をかぶせて遮る。
「ダメだよ。勢いでそういうことを言っちゃ」
「……でも、だって、分かんないじゃないですか。先輩が何を抱えてるのか。何に苦しんでいるのか」
「じゃあ少しだけ、私ね、●●●●●●●●●●●●●。だから、●●●●●●●●●●●●●●。……葵ちゃんはそれで納得できる?」
「……」
言葉を失っている葵ちゃんに私は続ける。
「……ね?付き合うってそういうことじゃないでしょ?だからごめんね」
私は葵ちゃんを抱いていた腕を解いて、離れる。葵ちゃんは哀れみと嫌悪が混ざったような、今にも泣きだしそうな表情で私を見ていた。
やっぱり、こういう顔になっちゃうよね。
「こんなこと聞いちゃったら、友達にもなれないかもね。気持ちは本当に嬉しかったよ」
私は葵ちゃんの横を通って屋上を後にする。そのすれ違いざまに、最初で最後の別れの挨拶を呟く。
「じゃあね」
◇ ◇ ◇
屋上を去った私は、教室には戻らなかった。人を直接傷つける経験がなかったから、私の感情もぐちゃぐちゃになってしまっていた。彼女に希望を与えないために、言うはずのなかった自分の話までして、今さら自己嫌悪に陥っている。
行き場のない感情の処理ができなくて、当てもなく学校を漂っていた。気が付いたら、校舎の部室が集まる階に来ていた。部室棟は運動部用に別であって、こっちは文化部や同好会の部室が集まっている場所だ。とはいえ、昼休みにまでここに来る生徒はほとんどいない。だから今も全く人気がない。
私は廊下の適当な位置で、床に腰を下ろした。部室の扉を背に膝を抱えて顔を埋める。そのままじっとしていると、涙がじわっと滲んでくる。明らかに心が弱ってしまっている。葵ちゃんを振ったことの罪悪感。自身が置かれている境遇の理不尽さ。未来への不安。小景や優里に言えないことが増えていく苦しさ。そのすべてを今、一気に感じてしまっている。
「ははっ」
自嘲気味に笑ってみても、気分は全く晴れない。このまま昼休みが終わるまでに、気持ちを取り戻せるんだろうか?もう、このままさぼっちゃおうかな。そんな悪いことを考えていると――
ガラッ
背中を預けていた後ろのドアが突如開いた。あれ?全然人の気配がなかったから、誰もいないと思ったのに。って――
「うわぁ」
情けない声と共に部室のなかに転がる。
「……は?」
寝転んだ状態から見上げた先には、なぜか優里がいる。
「なんで優里がこんなところに?」
「それはこっちのセリフよ。ここ、文芸部の部室なんだけど」
「はえ?あ、そうなの?」
「……日向が何も言わずにどっか行っちゃったから、部室に本を借りに来てたのよ」
さっきから変な声が出てしまう。まだ人と話す準備ができてない。それを察してか、優里が部室の中を顎で指しながら言う。
「とりあえず中、入ったら?」
「……うん」
文芸部。優里が所属している部活で、引退の時期が曖昧だからと、まだたまに顔を出しているらしい。優里が言うには、そもそも第二の図書室みたいなものだから、あんまり部活って感じでもないらしい。
文芸部の部室がここだって知らなかったな。いや、部室のドアの上に何部の部室なのか書いてあったはずだから、ただ私に見る余裕がなかっただけだ。椅子に座って、少し落ち着いてきた頭でそんな分析をしてみる。
「日向、両手を出して」
「?」
言われるがまま両手を長机の上に差し出す。
「触っていい?」
「え?……うん」
優里が私に対して、丁寧に接してくれているのは分かるが、その真意が分からない。ひとまず「うん」とは言ったけど。
優里は私の手を自身の両手で包んで、少し引き寄せる。長机を挟んで互いに向き合う形になる。優里の目は真剣に、真っすぐに私をとらえている。私もつられて見つめてしまう。視界の端に映っていた優里の口が動いた。
「それで、なんで泣いてたの?」




